引力

ちはまこです。ちょっと短め。
真にデレデレな千早という、妙な設定なのです。


菊地真には、引力がある。
求心力ではない。
魅力という言葉が最も近いが、それもまた少し違う。
あくまで「引力」という言葉がふさわしい。
誰も彼もが彼女に惹きつけられる。
たとえ心を閉ざしている者でも真と接していくうちに警戒を和らげてしまう。
土足で踏み荒らすのではなくて、閉ざされた戸口越しに会話をして、いつの間にか相手が鍵を開けている。
そんな感覚だ。
それが自然にできるからこそ、真は多くの人を虜にするのだろう。



「千早」
いつもよりずっとハスキーな声が、私を呼んで。
割れ物にでも触れるかのような繊細な指で、頬をなぞって。
「真」
彼女の名を呟くと、アンバー色の瞳が見つめてくる。
「私のこと、どう思ってる?」
困るだろうと半ば知りつつ私は問いかける。
真は目を逸らさない。
それこそ穴が開くのではないかというくらいの視線。
いつになく真剣な眼差し。
この目で見つめられたら誰もが落ちてしまうのだろう。
それを私に向けてくれるというだけでいい。


私には、歌以外何もないと思っていた。
プロポーションや顔立ちなどといった魅力は皆無だと。
だけど真は
「千早は魅力的だよ。そうじゃなきゃ僕がこんなにも惹かれるわけないだろ」
そう言って微笑みかけてくれた。
今だって私に魅力があるのかどうかは疑わしい。
でも、真があると言ってくれれば、それは確かに『ある』のだろう。

真の薄い唇が開かれる。
「好きだよ。千早のことは全部好き」
紡がれる愛の言葉に、私の体は震える。
ありきたりな言葉のはずなのに心に色濃く焼きつけられる。
訳もなく涙腺が緩んで、慌てて引き締めた。
やにわに真の顔が近づく。
キスでもするのかと体を強張らせたけど、吐息がかかる距離で止まった。
こつん、と額を合わせる。
「千早には、惹きつける何かがあるんだよ」
「…たとえあったとしても、真限定よ」
大真面目に答えると、真はそんなことはないと思うけどな、と苦笑した。
つられて私も破顔してしまう。





真には引力がある。
でも私との間にだけ、万有引力が働いているのではないかと思う。
お互いがお互いを惹きつけ合う力。
私に魅力はなくてもいい。
ただ、この引力があればいい。