ラブリー・ジェラシー

寒い日が続きますね。
という事で(?)新作です。
twitterでリクエストを頂いた、たかまこです。
たかまこって考えたことなかったので新鮮でした。
でも結構相性いいと思うので、これから増えていったらいいなと思います。
では続きからどうぞ!






「ま・こ・と・ク〜ン♪」
周囲にハートマークをばら撒きながら、美希がボクの隣にやってきた。
「おはよう、美希」
「おはようなの!ねえ真クン、今度のお休みはいつ?」
「休み?」
唐突な問いにボクは鞄から手帳を取り出す。
明日はラジオの収録、明後日はファン感謝イベント……
「今週の土曜日だけど」
「じゃあ土曜日、ミキとショッピングに行こうよ」
「まあいいけど。別に用事もないし」
すると美希の表情が花咲くように明るくなった。
喜びを抑えきれないみたいで、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「やったやったあ!真クンとデートなの!」
「で、デート!?」
いやいや、一緒に出かけるのは事実だけど、デートとは一言も言っていない!
しかし美希はボクの言い分などどこ吹く風といったように、デートデートと嬉しそうに鼻歌交じりに繰り返している。
美希の中では完全にデートになっているらしい。
嗚呼全く。
またエスコート役に回らなきゃならないのかなあ。
ボクだってたまには女の子らしくしたいよ。
脳裏に浮かんだのは、波打つ銀髪だった。





「美希と買い物に、ですか」
本から顔を上げ、切れ長の目がこちらを見とめた。
うん、とボクは頷く。
長い銀色の髪を揺らす彼女の名前は、四条貴音
同じ事務所のアイドルで、ボクとデュオを組んでいる。
実はボクと貴音はひとつ屋根の下に住んでいる。
元々ボクは実家暮らしだったんだけど、仕事が忙しくなるにつれて往復時間が勿体無く感じるようになって、パートナーである貴音のマンションに入り浸るようになった。
今は歯ブラシやら着替えもここに置いて、実家に帰る頻度は週一回程度になっている。
貴音はボクの発言を特に気にすることもなく首肯した。
「構いませんよ。美希は大切な仲間です。仲間との交流を邪魔するような真似は致しません」
「そっか、そうだよね」
土曜日はボクは休みだけど貴音は単独で仕事がある。
部屋を空けることになるので一応連絡をしたんだ。
「でも美希の方がなんだか乗り気でさ。デートとか言われちゃって、あはは」
「……でえと?」
貴音の目が怪しく光った。気がした。
「でえととはどういうことですか」
椅子から立ち上がってボクにずんずんと詰め寄ってくる。
あっという間に壁際に追い詰められてしまった。
貴音はボクよりも10センチ以上背が高い。
身を寄せられるだけで圧倒されてしまう。
手を壁につけられるとより一層恐怖心を煽った。
「ち、違うんだよ貴音。美希が一方的に言ってるだけで僕は何とも思ってないんだ」
「誠ですか?」
「ホント、ホント」
何度も首を縦に振る。
貴音は感情を表情にあまり出さない分、オーラというか雰囲気で怒るので普通の人の何倍も迫力がある。
「……ならばいいのですが」
ふっと僕たちの間の緊張が解ける。
ボクは思わず大きくため息をついた。
貴音がこんなに怒るのはちゃんと理由がある。
声を大にして言えないことだけど、ボクと貴音は付き合ってる。
事務所では他にも数組のカップルがいてその存在は暗黙の了解みたいになってる。
でも勿論、ファンにバレるわけにはいかない。
そんな絶妙なバランスの上で、ボクらの関係は成り立っている。

肩身が狭いとかそういうことは思ったことがない。

貴音がいるだけでボクは満足だから。
「浮気はいけませんよ」
貴音の念押しの言葉。
「し、しないよ」
ボクの否定に、貴音は安心したように目を細めた。




翌朝。
事務所に着くと、待ち構えていたように美希が胸の中に飛び込んできた。
「おはようなの、真クン!ねえねえ、土曜日はどこに行く?」
眩しいくらいの笑顔を向けて聞いてくる。
ボクと出かけることって、美希にとっては宙に浮くような気分になるんだろうか。
「ミキ的には映画とか見るのもいいなって思ってるんだけど」
「そうだね、どうしよっか」
すると美希が顔を逸した。
何だろうとミキの目線を追うと、貴音の姿があった。
そういえば今朝は事務所に用があるからと先に着いていたんだ。
ボクらの視線に気付いたのか会釈をして挨拶。
「真、美希、おはようございます」
「うん、おはよう」
「おはようなの」
一歩進み出る美希。
そしてとんでもないことを口にした。
「ねぇ貴音、聞いて。ミキね、真クンとデートするの!」
驚いた。
それはもう、心臓が喉から出るかと思ったくらいだ。
「ちょ……美希!」
美希がボクと貴音の関係を知っているのかは分からない。
でも知っているとしても知っていないとしても、今の発言が爆弾並に危険であることは変わらないんだ。
案の定、貴音はさっと顔から表情を消した。
……これはまずい。
いっそ恫喝してくれればいいものを。
「美希、真との外出が楽しみなのは分かります」
いささか平坦な口調で貴音は言う。
「しかしそれをデートと称するのは間違いですよ」
その言葉に美希は怪訝そうに首を傾げる。
「どうして?好きなコと一緒に出かけるってことは、デートなの」
貴音がふっと笑った。
何故か勝ち誇るように。
「いいえ、違います。何故なら――」
言いながら貴音はボクの隣に寄り添うように立った。
不意に視界が暗くなって――

ちゅ

唇に柔らかな感触。
貴音の顔(かん)ばせが目の前いっぱいにあって。
……
な、なんで……
ボク、貴音にキスされてるんだっ!?
数秒の後貴音の顔が離れていく。
「真とわたくしは、こういう関係ですので」
唖然と口を開ける美希。
顔文字に出来そうなくらいだ、と変なことを思うのは、きっとボクも動揺しているから。
「では、わたくしは用がありますので」
ボクらの混乱をものともせず、貴音はさっさと立ち去ってしまう。
「ちょっと、待ってよ貴音!」
ボクは慌ててその背中を追う。
「むー、貴音ったらずるいの!美希だって負けないんだからねー!」
肩ごしに振り返ると、後ろで美希が悔しそうに地団駄を踏んでいた。




「貴音っ」
追いつき、前に回り込むとようやく貴音は足を止めてくれた。
「如何しましたか」
「どうもこうもないよ。なんで美希の前で、あ、あんな」
ああもう、今更になって恥ずかしくなってきた。
そりゃキスなんてもう何回もしてきたけど、人前でされるのなんて初めてだ。
「真を自分のものにしたかったからです」
「貴音……の?」
自分の胸が高鳴るのが分かった。
さっきの動揺する音じゃなくて、ときめきの音。
「真は友人が多い故、他の方と頻繁に外出をするのは致し方ないことです。
しかし貴女とでえとをするのも、口づけを交わすのも、わたくしだけなのですよ」
優雅にほほ笑みかけられ、ちょん、と貴音の人差し指がボクの唇に触れた。
一体ボクは今、どんな顔をしているだろう。
大好きな人にキスされて、愛の言葉を告げられて。
「……ボクだって」
口から漏れる呟き。
聞き取れなかったのか顔を覗き込まれる。
「ボクだって、貴音にキスしたい」
恥ずかしい言葉に、貴音は黙ってそっと目を閉じてくれた。
今度はボクからのキス。
貴音はほんのり甘い匂いがする。
ボクを虜にする香り。




分かってるよ。
ボクはもう、君のものだってこと。