世界は案外狭かった

明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします。
お正月ネタではないのですが、書いてみました。
あずまこですー。










『分かりました。じゃあ今からそっちに向かいますから、動かないでくださいね。絶対!』
「は〜い」
私が返事をするとほぼ同時に、通話が途切れた。
空を見上げると変わらず淡雪が舞っている。


ちょっとコンビニでも行こうかと思って事務所を出たけれど、気づけば繁華街にまで来てしまっていた。
帰ろうにも、動けば動くほど迷子になるのは自分でも分かっていたから、申し訳ないけどお迎えに来てもらうことにした。
さすがに雪を肩に積もらせるわけにはいかないから、軒下で雪宿りをしている。
傘くらい持って行けばよかったかしら。


ぼうっとするのも何なので道行く人たちの様子を眺めることにした。
そろそろ仕事始めの会社も多いだろうし(実際765プロも4日から再開した)、街の人の多さは幾分か落ち着いたように見える。
歩いているのは学生さんか親子連れの人が多いみたい。
福袋を持っている人はもうあまり見かけないけど、新春バーゲンの戦利品らしき紙袋を持っている人は結構見かける。
私が迷子になりやすいのは、こういう癖があるのが大きいと思っている。
風景やすれ違う人の様子をつい観察してしまうから、方向を意識しなくなってしまう。
結果、知らない場所まで迷い込むということ。
治さなければとはいつも思っているのだけれど、染み着いた癖を治すというのはなかなか難しいみたいで。



「あずささーん」
聞きなれたアルトボイスが、私の耳に届いた。
視線を声の方向にやると小走りで駆けてくる少女の姿。
「真ちゃん」
傘を差しながら、私の手前50センチほどで足を止めた。
栗色のダッフルコートを羽織り、首元には温かそうな毛糸のマフラーを巻いている。
赤地に黒い水玉模様の傘が愛らしい。
真ちゃんの女子力は着実にアップしているみたいね。
真ちゃんは腰に手を当てて、大きくため息をついた。
「ああ、良かった見つかった」
私を責める言葉を口にしないところに、真ちゃんの優しさを感じる。
でも内心は呆れ返っているのかも。
私の迷子癖は私だけじゃなくて周りの人も困らせてしまう。
分かってはいるのだけれど。
「ごめんなさいね」
手を合わせて謝ると少し口元を緩めていいえ、と言ってくれた。
「じゃあ帰りましょう」
そう言うと真ちゃんは右手を差し出してきた。
思わず首を傾げると
「こうしないと、あずささんまた迷子になっちゃいますから」
言いながら私の左手を握った。
お互い手袋なんて付けてなかったから、温かさは感じられなかったけど
真ちゃんと手を繋いでいるという事実に私は満たされていた。
そうね、と短く返事をして、真ちゃんに誘導される形で帰路に着いた。


ごめんなさい、真ちゃん。
まっすぐ前を向く端正な横顔を時折見ながら、私は独り思う。
迷子癖はいずれ治さなきゃとは思っているの。
でもね、心の隅に『このまま治らなきゃいいのに』って思っている自分が確かにいる。
理由は分かってる。
迎えに来てくれる間と、こうして帰っている間、私はあなたを独占できる。
それに、真ちゃんは迷子になった私のためにいつも駆けつけてくれるわよね。
迷った私を、一番に見つけてくれるのは真ちゃん。
その事実が私はとても嬉しい。
どんなに迷っていても、あなたが見つけてくれる。
その度に思うの。
世界って、みんなが言うよりも狭いのかもしれないって。
だから、私は――


そんなことを考えてしまう私は、酷い人間なのかもしれないわね。
じっと真ちゃんを見つめていると、視線に気づいたのか振り向いてくれた。
顔に疑問符を浮かべる真ちゃん。
私は何でもないのよと微笑んでみせる。
ちゃんとできていればいいけど。



「雪、綺麗ですね」
真ちゃんはふとそう呟いた。
私も薄墨色の空を見上げてみる。
はらはらと落ちては消える雪。
「そうね、とっても素敵」
凍る道の上を、私たちは歩いて行った。








この狭い世界を貴女と生きている。
それだけで満足なはずなのに。