図書館のあのコ

ひびまこを書こうと思っていたのにネタが出てきたのはちはまこだったでござる。
ええ、そういうことなんです…w








無事期末テストを終え冬休みに入ったボクは、家の近くの市民図書館に足を運んでいた。
ようやくテスト期間を終えたのに、息をつく間もなく課題の山だ。
その中には読書感想文も含まれていた。
ボクには本を読んだ感想を書いたからと言って、それをどう評価するのか分からない。
第一、人の感性は各々違うのだから一様に評価を下すなんてことはできないんじゃないか。
とまあ、文句を並べたてたところで学校側に抗議するわけにはいかない。
生徒は大人しく先生の指示に従うのみだ。
そんなわけで、普段滅多に活用しない図書館なるところに来ているわけだ。


読書家と言うほど小説やらを読んでいないが(せいぜい漫画か雑誌くらいだ)、
今回の課題に使うものはもう決めている。
中山七里の、『さよならドビュッシー』という本だ。
以前友達が勧めてくれた作品で、印象に残っていたので読みなおして感想を書こうと思っている。
推理ものではあるが、どこか爽やかな雰囲気を漂わせている。
ドビュッシーの『月の光』や、ショパンの『エチュード 10-1』などのクラシック音楽が絡んでいるからかもしれない。
残念ながらボクはクラシックに造詣が深いわけじゃないけど。
でもああいう小説って、音楽が好きな人にはとても面白いんだろうなあ。


久しぶりに訪れた図書館は、平日なのであまり人はいなかった。
ちらほらと見えるのはボクと同じような学生か、お年寄りが大半だ。
入口近くの案内板を見て現代小説の置いているエリアへと歩を進める。
ここの図書館は相当の蔵書数があるらしく、現代小説だけでもかなりの棚が並んでいる。
どうしようかと迷っていると隅に検索端末を見つけた。
そうそう、今はこういう便利なものがある。
画面をタッチして操作し、作品名の欄に文字を入れる。
パッと切り替わった画面には、どの棚に置いていあるかの情報が表示された。
そのあとには「貸出中」の表示はなかった。
ボクは安堵して息を吐いた。
借りられていたらどうしようかと思っていた。
正直、これだけの本の中で今から感想文を駆けるようなものを選べと言われても参ってしまうから。
目当ての本は今いる地点の左から3つ目の棚のようだった。
作者の名前から順番に辿っていくと
「…あれっ」
ボクは声を上げていた。
中山七里著作のスペースに、『さよならドビュッシー』がない。
黄色の鮮やかな背表紙だからすぐ見つかるはずだが、ない。
ほかの作品はちゃんと置いてあるのに。
貸し出されたのだろうか……いや、端末には表示が確かになかった。
ということは考えられるのは
ニアミスで誰かが持っていったということか。
ボクは大きく肩を落とした。
ああ、もう少し早くここに来ていれば…
少しの間投嘆いていたがボクは決意を固めた。
仕方がない、別の本を選ぼう。
顔を上げて目を棚に泳がせた。



とは言っても、普段あまり本を読まない僕にとって気にいる本をすぐに見つけることは至難の技だった。
いくつか手にとってめくってみるもののボクに合ってるかどうかなんて分からない。
気づけば随分と棚の間を移動していた。



心の中で唸っていると視界の隅に人を捉えた。
思わずそちらを向く。
ボクと同じくらいの年の女の子だった。
聡明そうな顔立ち、すっきりと鼻筋が通っていて、控え目に言ってとても美人。
向こう側の窓の間から指す光が青みがかった長い髪を照らしている。
真剣な眼差しで本を選んでいる横顔は絵画に描かれてもおかしくないほど綺麗だった。
本を何冊か抱えているところを見ると調べ物をしているのだろうか。
ふと女の子がこちらを振り返った。
怪訝そうに眉を寄せる。
「…あの、何か?」
「え、ああ…」
思った以上に長時間見つめていたらしい。
そりゃ、じっと見られてたら不審にも思うよなあ。
弁解を考えながら視線を彷徨わせていると、彼女が持っている一冊の本が目に留まった。
黄色を基調にしたパステルカラーの表紙。
『さよならドビュッシー』だ。
彼女が持って行ったのか。
目線に気付いたのか、彼女はボクの顔と本を交互に見比べる。
「あ、もしかしてこの本を探していたんですか?」
「え、…まあ」
ボクは頷いていた。
女の子を見つめていたのは別の理由だけど、まあ探していたのは間違いじゃないし。
合点がいった様子で何度も首を振る女の子。
すると
「じゃあどうぞ」
と言ってその本をボクに向かって差し出した。
「えっ?いいんですか?」
「はい。レポートのために一応キープしてたんですけど、もう一冊ありますから」
抱えていたもう一冊の本を示す。
それは同じ作者の別作品、『おやすみラフマニノフ』だった。
確かあれも『さよならドビュッシー』と同じ、クラシック音楽が絡む推理物だったはずだ。
推理物が好きなのか、音楽が好きなのか、あるいは両方か。
気になったが、とりあえずはありがたく受け取ることにした。
「ありがとうございます」
「いいえ」
小さく笑った顔もまた美しかった。
その場でざっとページをめくっていると、女の子が問いかけてきた。
「そのシリーズ、好きなんですか?」
あちらから話しかけてくるとは思わなくてボクは軽く驚いた。
次いで苦笑する。
「いえ、あまり本は読まないんです。でもこの本は何となく印象に残っていて」
女の子は微笑んでこう返した。
「それでいいと思います。無理矢理読んでも楽しくないですし。私だって、この本を選んだのはクラシックが取り上げられて楽しそうだなって思ったのがきっかけですから」
女の子の言葉には、本への愛にあふれていた。
読書の楽しさを知っていて、見聞を広める面白さを知っている。
当人はすぐに少し喋りすぎたとばかりに口を押さえてしまったけど。
「それじゃ、また」
女の子は会釈してそそくさと去っていった。
恥ずかしがり屋なのだろうか。
でも、彼女がクラシック好きだってことは分かった。
手元のハードカバーに目を落とす。
何だか今日は得した気分だ。
意気揚々とボクはカウンターに向かった。



あれから一週間。
事務所でボクは黄色い表紙の本を流し読みしていた。
あの子に譲ってもらったおかげで、読書感想文はすぐに書きあげることができた。
でもボクの脳裏にはあの横顔が焼き付いて消えなかった。
あれくらいの出来事ならすぐに忘れてもよさそうなものなのに。
ボク自身不思議でならない。
「おっはよー真クン!」
背後で元気な声がした。
振り返ってみると、同僚のアイドルの美希が立っていた。
「おはよう、美希」
美希はすぐにボクの手の中にあるものに気付いたようで、指を指して聞いてくる。
「あれ、その本なあに?」
一旦閉じて、表紙が見えるように掲げる。
「図書館で借りてね。ちょっと読んでるんだ」
「へ〜。真クンがそんな分厚い本読むなんて、珍しいね」
思った事を率直に言うのが、美希の長所であり短所でもある。
「まあね」
ボクは言葉を濁した。
いきさつを話すと長くなるし、そんな必要もない。
美希は大して興味も内容で
「あ、そういえば例の話聞いた?」
とすぐに話題を変えた。
「例の話?」
「何かね、今日新しいアイドル候補生の人が来るんだって」
その話は初耳だった。
この時期に人員増加とは珍しい。
「人が増えるの?」
「そうみたいだよ。よくは分かんないけど」
あふう、と美希はのんきに欠伸をした。
ボクはただ、ふうんと返事をするだけ。



30分後、765プロのアイドルと社員は全員ロビーに集まっていた。
皆はどんな子なのかな、怖い人だったらどうしよう、とひそひそ会話を交わしていた。
期待と少しの不安が入り混じっている。
かくいう僕も少し緊張しているのだけど。
「ウオッホン。それでは紹介しよう」
社長の一言でお喋りがピタリと止む。
「新しくわが社に所属することになった、如月千早君だ」
同時に社長は事務所のドアを開ける。
入って来た人物は無駄のない動きで事務所に入り、さっと頭を下げた。
如月千早です。将来の目標は、世界的な歌手になることです。よろしくお願いします」
ゆっくりと顔を上げる。
「あっ……!」
ボクは思わず息を呑んでしまった。
きゅっと結ばれた口元、切れ長気味の瞳、深海のような群青色の髪。
さっきまで頭で思い描いていた姿そのままだった。
相手もボクに気付いたようで、声を上げる。
「…!あなたは……」






パズルの、ずっと見失っていた最後のピースを見つけた。
そんな再会だった。