第三者から見た青春模様

はるまこです。でも百合じゃないです。
学園祭の青春の感じを書いてみました。











「学園祭?」
ボクの言葉に春香はうんと首肯した。
「今週末にあるんだけど、よかったらどうかなと思って」
そう言って手に持っているチケットを差し出してきた。
淡い緑色の紙には「xx高校学園祭☆」と大きな文字が踊っている。
期待と歓喜と待ち遠しさが紙から溢れ出るようだ。
学園祭。
まさに青春の代名詞にふさわしい。
ちなみにボクは既に先週に終えている。
「嬉しいけど、ボクだけでいいの?雪歩とか千早とか誘えばいいのに」
小さな疑問を口にすると春香はばつが悪そうに苦笑した。
「誘ったんだけどね、雪歩はちょうど学園祭が被ってるし千早ちゃんもプロデューサーさんも仕事が入ってるみたいで」
つまり行けるのはボクだけらしい。
独りで友人の学園祭に出向くのもそれはそれで恥ずかしいのだが
「分かった、見に行くよ」
ボクは了承した。
春香のためだ、このくらい何の苦でもない。
それに他校の学園祭というのも面白そうだ。
「ほんと!?」
途端に春香はキラキラと目を輝かせた。
こういう分かりやすいところがいいんだ、うん。
「やった〜。じゃあ張り切らなくちゃ!」
鼻息を荒くしながら春香は去って行ってしまった。
彼女の頭の中でどんな作戦が練られているのかは分からない。
当日ボクに対してどんなことをしてくれるのか考えると楽しい。
…そういえば春香のクラスは何をするのか、聞いていなかった。
まあ、その日までのお楽しみにしておこう。







日曜日。
電車を乗り継いで一時間、ボクは春香の在籍する高校の前まで来ていた。
普段あまり電車に乗らないのですこし疲れてしまった。
春香の家までは更に一時間かかるらしい。
つくづく彼女は凄い。
「WELCAME」と書かれた門をくぐると、青い熱気と興奮が一挙に押し寄せてきた。
待ち構えたように声をかけて来る呼び込みの生徒。
通路をうろうろしている何が目的か分からない着ぐるみ。
手を動かしながら声を張る模擬店の裏方。
中庭から聞こえてくる軽音楽部らしき演奏。
どれも学園祭でしか見られない光景だ。
ひとつひとつが合わさってテーマパークのようなときめきをやって来た者に押しつけて来る。
そして生徒たちの活き活きとした青春の波に呑み込まれてしまう。
そうそう、学園祭はこうでなくっちゃ。
熱さを全身で受け止めながら、ボクは少し笑った。



パンフレットを見てみると、春香のクラスはどうやら模擬店でクレープを販売しているみたいだ。
歩きながら模擬店のテントにかかった看板を見る。
やきそば、あげぱん、おしるこ…
様々な看板があるがなかなかクレープが見つからない。
「いらっしゃーい!2-Eのクレープいかがですかー!?」
聞き覚えのありすぎる声が、ボクの耳に飛び込んできた。
聞こえてきた方向に首を回す。
案の定、目的である彼女はそこにいた。
「あっ真!来てくれたんだー」
ただいつもと違うのは
「…ぷっ。春香、その格好」
「うう〜私だって恥ずかしいんだよ〜」
情けなく眉を八の字にする春香。
ほんのりと顔が赤い。
それはそうだろう。
だって、春香は今フード付きのパンダの着ぐるみを着ているのだから。
「クラスメートがどこからか調達してきて、これ着て呼び込みしてくれって言われて…」
「そうなんだ。でも似合ってるよ」
「それって喜んでいいのかな…」
春香が首を傾げると、フードに付いている丸い耳がゆらゆらと揺れた。
何故だろう、コミカルなのに春香が着るとしっくりくるのだ。
着ぐるみ姿なんて事務所じゃまず見られないから何だか得した気分だ。
「そうだ。ねえ春香、写メ撮っていい?事務所のみんなに見せるからさ」
ポケットから携帯を取り出して構える。
春香は目に見えて取り乱した。
「えええ!?ダメダメ!!そんなの恥ずかしすぎて死んじゃう!!」
何とかしてボクの手を封じようとする春香。
その力の入れ具合からして本気らしい。
さすがにかわいそうなのでボクは撮影を断念することにした。
「もう…絶対に言わないでよ」
「分かってるよ。クレープ買うから機嫌直してよ」
「うん、それなら許す」
にーっと歯を見せて笑ってくれたので許してもらえたようだ。
顔に感情が出るアイドル、天海春香
前売りチケットを渡すと「ひとつ入りまーす!」とまるでファストフードの店員のように裏方に呼びかけていた。
「でも楽しそうで何よりだよ」
横顔に声をかけると大きく頷いた。
「うん、すっごく楽しい。ずーっとやってたい気分」
ボクもそう思うよ、と心で呟いた。
今春香が味わっている瞬間は、恋人とのデートと同じくらい、いやもっと心躍るものかもしれない。
高校生というごく短い期間にしか体験できない感覚。
それを彼女は今全身で体感している。
きっとボクらは数年後、それを眩しいものと認識するようになるだろう。
「はい、お待たせしました〜」
セロハンに包まれたクレープが春香の手に渡された。
更にそれを渡される。
ふかふかの着ぐるみの手が触れる。
「春香の手、柔らかいね」
「だってパンダだもん」
そう言ってモノクロの熊ははにかんだ。






日が落ちる頃、学園祭は幕を閉じた。
静かになったもののまだ校内には熱気の余韻が残っていた。
生徒たちがせわしく片づけをするのを尻目にでボクは校舎の片隅で春香を待っていた。
と、噂をすればなんとやら。
ボクの視線が通路を走ってくる彼女を捉えた。
「お待たせっ」
小走りに近づいてくる春香はもうパンダの着ぐるみを着ていなかった。
貴重な姿を数時間しか見られなかったことを思うと少し寂しい。
「片付け終わったの?」
「うん、後は学園祭実行委員の人がやってくれるって」
「そっか」
春香は腕を伸ばして伸びをした。
「あ〜疲れた〜」
「お疲れ様」
一日中呼び込みをしていたのだ。
ダンスレッスンなどとは別の疲労が身体には溜まっているだろう。
「でも楽しかったな〜…終わっちゃって凄く寂しい」
ボクは春香の顔を見つめた。
どこか遠い場所を見ているような気がした。
やっていることが楽しければ楽しいほど、時間は早く過ぎ、終わった後は物悲しくなる。
そして感動とほんの少しの後悔がやってくる。
不思議なものだ。
次にある幸せのため、だろうか。
「また来年があるよ」
ボクの言葉に春香はこちらに目をやった。
「うん、そうだよね。よ〜し、来年もがんばるぞー!」
その態度の落差にボクは笑った。
今まで寂しそうな顔をしていたのに。
春香のポジティブシンキングは見習うべきかもしれない。
「じゃあ帰ろっか?」
「うん。…あれ、でも真は逆方向じゃなかったっけ?」
「駅までは一緒だろ」
「あ、そうだね」
そんな他愛もない会話をしながら、ボクらは学校を離れた。
少しの喧騒と興奮の残り香を背に受けながら。
一度だけ振り返った校舎は、夕日を受けて誇らしげに建っていた。