Teen Heat

久しぶりに百合じゃないSSを。
ちょっとシリアス目のお話。
真と千早が出てきます。









「父さんなんか大っ嫌いだ!!」
ありきたりな捨て台詞を残して、ボクは家を飛び出した。
携帯と財布と、色んなものを詰め込んだリュックを背負って。
俗に言う家出だ。


事の発端はボクがアイドルをしているということを父さんにバレたところからだ。
母さんには前々から言っていたし、理解を示してくれていた。
ただ父さんはボクをたくましく育てようとしていたから、『可愛い女の子になるため』という理由でアイドルになるのは許してくれないだろうと思っていた。
そしてそれは見事に的中していた。
ボクのインタビューが掲載された雑誌を偶然見つけたらしく、事務所から帰ってきたら質問攻めだった。
いつからアイドルなんて始めたのか、どうして自分には黙っていたのか、本気で続けられると思っているのか。
色んな事を聞かれたけど、父さんの中ではもう結論は決まっていたみたいだ。
アイドルなんてやめろ。
その一点張り。
ボクは遊びでやっているんじゃない。
事務所の仲間も、専属プロデューサーも、ファンだっている。
いくら言っても父さんの姿勢は変わらなかった。
頑として動かない父さんを見ているうちにボクも段々腹が立って来て
遂には家出をする決心をした。
着替えやノートをリュックに詰めて何も言わずに出ていくつもりだった。
玄関で靴を履いている時に母さんが慌てて止めに来た。
少し胸が痛んだけど、あんな父さんがいる家ではアイドルを続けられない。
ボクは母さんの制止を振り切って家を出た。






家出をしたはいいものの、ボクは大事なことを忘れていた。
「今日寝るところを探さなきゃ…」
並木道を歩きながらぼやく。
時計を見ると夜の10時を過ぎていた。
この時間だと友達に聞いて回っても泊めてくれる可能性は低いだろう。
事務所の一人暮らしをしている人たちに頼めば、とも思ったが
あいにくあずささんも小鳥さんもここから随分と離れた所に住んでいる。
しかも学校までの定期が使える方面とは真逆だ。
学校への往復を考えると財布に響く。
ううん、とボクは独りうなった。
仕方がない、ネットカフェにでも泊まるか。
「真?」
不意に後ろから名前を呼ばれた。
水のように澄んだ声。
聞きなれたものだった。
765プロの歌姫、如月千早
「千早…どうしてここに?」
「自主レッスンが終わったから帰るところよ。真こそどうしたの、こんな時間に?」
なるほど千早らしい、と思いつつ彼女の問いに答える言葉を探す。
「あー…いや、それがさ」
話すと長くなるのでかいつまんで説明した。
事の次第を聞いた千早は真剣な顔で頷いた。
「…そう。それじゃあ、私の家に泊まっていく?」
「…え?」
ボクは思わず目を瞬かせた。
鳩が豆鉄砲どころか鳩がガトリングガンを喰らった気分だ。
「い、いいの?」
「ええ。私のマンション、すぐそこだし、事務所にも学校にも行きやすいでしょ」
事務所に入ったばかりの頃は、皆と距離を置いていた千早。
それから徐々に心を開いていって、ボクを自宅に誘ってくれるまでになった。
随分と柔らかくなったものだ。
純粋な千早の優しさが何だかくすぐったい。
「そっか…。じゃあお邪魔しようかな」
ボクの返答に、千早は小さく微笑んだ。





「どうぞ、上がって」
「お邪魔しまーす」
10分後にはボクは清潔感のある真新しいマンションに来ていた。
家賃は結構高いと思うのだけど、お金は大丈夫なのだろうか。
そんな余計な心配をしながら部屋の敷居をまたぐ。
実は以前にも来たことがあったのだけど、千早の部屋は相変わらず生活感がなかった。
物は片付いているしゴミも落ちていない。
だが『千早の匂い』がしない。
寝るための場所、という印象だ。
「来客用の布団が無いから、私はソファで寝るわね」
ごく自然にそんなことを言うものだからボクは慌てた。
「いやいや、泊まらせて貰ってるんだからボクがソファを使うよ」
きょとんとした顔でこちらを見て来る千早。
気の使い方がよく分からないのだろうか。
「千早はこの部屋の持ち主なんだから、普通通りでいいんだよ」
「そんなものかしら」
「そんなものだよ」
ボクは笑って返した。


シャワーを借りて、ソファで千早と少し話した。
仕事の内容とか皆の様子とか、いつも通りのことだ。
ふとした時に会話が途切れた。
数泊の沈黙の後
「大人って不思議だよね」
口を衝いて出た言葉に、ボク自身驚いた。
でもこれはまぎれもなく本音だ。
「子どもは自分たちが思っているよりも物を考えていて、理解してるってことを分かってない」
一度出た言葉はダムから溢れだした水のように止まらない。
「どうして大人は子どもに強制するのかな。皆昔は子どもだったはずなのに」
沈黙が流れた。
時計の秒針の音が響く中ボクは少し後悔をした。
こんな話を聞かされても、千早は退屈なだけだ。
きっと困っている。
静寂を破ったのは千早の声だった。
「きっと、生きていく忙しさで思いだせないのよ」
顔を上げて、ボクを視線を合わせる。
少し切れ長の、整った目元。
「真」
「何?」
「私はやっぱり、近いうちに家に帰った方がいいと思うわ」
「…うん、分かってる」
家を出て千早の部屋に転がり込んで。
じっくり考えたら分かって来た。
父さんだって多分、考えなしに否定をしていた訳じゃないんだ。
父さんは父さんなりにボクのことを心配していたはず。
ただボクはそれを煩わしいものとして受け止めてしまっていたんだ。
干渉し過ぎないでほしい、でもいざという時は助けてほしい。
そんな矛盾した思いがボクの中で暴れている。
「家族は一緒にいるべきだと思うの」
「千早」
「私はこの通り一人暮らしだから、家出しようと思っても出来ないし。
そういう意味では、真がちょっとだけ羨ましい」
千早の言葉が、ボクの中で重く響く。
彼女の家庭環境を全て把握しているわけじゃない。
積極的に話したがらないしボクもあえて聞かなかった。
でも今までの色んな出来事から、とても複雑で悲しい状況なのだと察することはできた。
千早から見てみれば、親子がぶつかり合うということ自体が幸せなことなのだろうか。
父さんの思いとボクの思い。
心を開くことで少しずつでも近づけていけるのなら。
千早はゆっくり静かに言葉を吐き出す。
「すぐにとは言わないけど、気持ちの整理が付いたら顔を合わせるべきよ」
「…うん」
力強い後押しにしっかりと頷いた。
千早はボクの様子を見て安心したように頬を緩めた。
「それに、いつまでも居座ってたら千早に迷惑だしね」
「私としてはずっと居ても構わないのだけど」
おどける様な言葉と共に、彼女は笑顔を深くした。



翌日、ソファで目覚めたボクは既に起きていた千早に告げた。
「仕事が終わったら、家に一旦帰るよ」
千早は一言、上手くいくといいわね、と返した。
下手な言葉を繋げない辺り、千早らしいと思った。





学校に行って、事務所で雑誌の取材を受けて家に辿り着いた時には日は既に沈んでいた。
住み慣れたはずの我が家が真新しいもののように映る。
心臓が早鐘のように脈打つ。
緊張なんて滅多にしないはずなのに。
酷く重く感じるドアを引く。
ただいま、といつも通りの挨拶をして。
迎えてくれたのは母さんだった。
ボクの顔を見て安堵の表情を浮かべる。
母さんの背中越しに、リビングから首を出している父さんが見えた。
ボクは腰を折って言った。
カッとなってごめんなさい。
父さんはああ、とだけ返事をした。
それきり父さんは部屋に戻ってしまったけど、
遠目に見た目が赤くなっていた気がした。
晩ご飯のカレーはどこか懐かしい味がした。





カレーを食べながら父さんと少し話した後、寝室に帰ったボクは真っ先に千早に電話をした。
『そう、良かったわね』
「千早のおかげだよ」
感謝の言葉を言うと、電話の向こうで千早が苦笑するのが分かった。
『私は何もしていないじゃない』
「そんなことないよ。千早に話を聞いてもらって、アドバイスを貰わなかったら、家に帰るのはずっと遅くなってたと思う」
同じ心の揺らぎを持つ千早の言葉だからこそ、納得ができた。
他の人だったらまた違う結果になっていただろう。
『そういえば、仕事のことは話がついたの?』
「うん、過激な仕事じゃなければいいって」
『それはまた曖昧ね』
「確かにね」
クスクスと笑いあうボクたち。
こうしていれば普通の友達同士。
でもいざというときは支えあえる仲間。
千早のことはとても頼りにしている。
「…ね、千早」
『何?』
「また部屋にお邪魔してもいいかな?」
ちょっとだけ勇気を出して聞いてみる。
返答はすぐだった。
『ええ、いつでも待ってるわ』







大人でも子どもでもないボクらだけど

分かち合える相手がいたら、きっと安心するよね