春翳雨

タイムシフトですが一時間SS参加しましたー!

今回のテーマは「桜」「花見」「春雨」「マイク」。
「春雨」にしてみましたー。









さあさあという小気味のいい音で千早は瞼を開けた。
起き上がりカーテンを少し開けると、案の定外は雨模様だった。
どしゃぶりではなく、どちらかというと小雨。
確か昨日の天気予報では午後からは止むと言っていた。
今の時期に降る雨は春雨というのだったなと千早は思い出す。




どうしよう、とぼんやりとした頭で考える。
今日はあずさと出かける予定があったのだ。
しかも珍しく屋外でスポーツをしようとあずさが言い出した。
ここ最近は映画館やショッピングばかりだったから千早も新鮮だった。
しかし勢いが弱いとはいえ雨天だと、屋外で運動はできまい。
今日もまたいつも通りのデートになるのだろうか。




冷蔵庫から朝食用のヨーグルトを取りだすと、不意にチャイムが鳴った。
時計を見やると7時半を回ったところだ。
こんな時間に誰だろう。
怪訝に思いながら通話ボタンを押す。
「はい?」
『あ、千早ちゃん?あずさだけど〜』
思いがけない恋人の来訪に千早の心臓がとび跳ねた。
「あずささん!?どうして?」
『うふふ、早起きしちゃったから来ちゃった。
雨が降っているし、今日の計画を相談しようかと思って』
いつものおっとりとした調子であずさは言う。
追い返すのもおかしいなと思い千早は了承する。
「分かりました。上がってください」
『はーい』
一拍遅れて玄関のドアが開く音がした。
廊下に出るとあずさがブーツを脱いでいるところだった。
「おはようございます、あずささん。でも、どうしてわざわざ来たんですか?」
今日の計画なら電話で話せば済むことなのに。
するとあずさが傘を畳みながら微笑みかける。
「だって千早ちゃんにすぐにでも会いたかったんだもの」
途端に千早の頬が赤くなった。
付き合ってから随分経つのに彼女はどこまでも初々しいままだ。
そんなところも可愛らしいとあずさは思う。
いたずら半分で頬に音を立ててキスをすると、いよいよ耳まで赤く染まってしまった。
至近距離で千早の蒼い瞳を見つめ、あずさは尋ねる。
「千早ちゃん、朝ご飯はもう済ましたのかしら?」
その問いに千早が我に返ったように身体を伸ばした。
「あ、いえ、起きたばかりのでまだ…」
「あらあら。じゃあ私が作るわね」
言うが早いかあずさはリビングを通り過ぎキッチンへ入った。
こういうときの行動はなぜか普段よりもずっと手際がいい。
断るのも失礼な気がして千早は頭を下げる。
「す、すいません。お願いします」
「いいのよ〜。私もまだだったし丁度いいわ。
千早ちゃんはゆっくり待っててね」
あずさの優しい口調に千早の頬が綻ぶ。
その言葉に甘えてテーブルについて待っておくことにした。




キッチンから美味しそうな音が響く。
それに混じって微かな雨音。
千早がベランダの外を見やると依然として雨は降り続いていた。
「雨止みませんね」
「そうねえ。午後には止むらしいのだけど」
いそいそと支度をしながらあずさが答える。
「せっかく桜が咲いたのに、この雨で散ってしまうかもしれませんね」
街の至る所で花を咲かせている桜の木。
一年の内一週間しか咲かない花。
寒い冬を耐え忍んでやっと美しく咲き誇るというのに
天気が崩れるだけであっという間に地に落ちてしまう。
そうね、とあずさが呟く。
「雨が降るのは天からの贈り物。きっと神様からの試練なのよ」
千早は思わず頷いた。
なるほど、そういう解釈もあるのか。
千早とは正反対の性格ゆえの回答。
「あずささんはポジティブですね」
「何事も楽しまないと損よ」
二人分の笑い声がリビングに響いた。




数分後、見事な料理の数々がテーブルに並んだ。
きっと千早一人では作れないだろう。
あずさ特製の朝食(洋風)を味わいながら、千早が尋ねる。
「今日どうしますか?この天気じゃ予定通りにはいきませんね」
あずさが千早を見つめる。
ゆっくりフォークを運んでいた手を止めた。
「うーん、せっかくだからここで過ごしましょうか」
すると千早はぱちぱちと大きく瞬きをした。
驚いた時の癖だ。
「雨の中また外に出るのは億劫だし…久しぶりに何もせずにゆっくりしたいわ」
「いいんですか?何もないのですけど…」
「いいのよ。千早ちゃんがいるだけで」
千早はまた自分の顔が熱くなるのを感じた。
同時に胸の奥が温かくなる。
千早もまた、あずさがいてくれるだけでいいのだ。
それだけのことで自分は満たされる。







落ちては地面に溶ける雨粒。
普段は憂鬱な雨も、少しだけ好きになれそうな気がした。