きみ色流れ星

何だかネタが浮かんだのではるまこ書きました!
もし二人が同じ高校の同じ部員だったら…というお話です。










宇宙の広さには果てがあるらしい。
それを聞いたときは酷くがっかりしたものだ。
遠近感が狂うほどに暗く澄んだ夜空。
光の流れに飛び乗れば、永遠に旅をしていられると信じていたあの日。


「こういうことしてるとさ」
自前の天体望遠鏡をいじり続けていた真が、不意に呟いた。
首を目いっぱい上に向けていた私は顔だけをくるりと彼女に向ける。
「ボクたちがどれだけちっぽけな存在なのかって分かるよね」
そう言いつつも真の視線は私に向かず、熱心に望遠鏡の接眼レンズに注がれている。
7万円する自慢の品は組み立てるのがなかなか難しいらしい。
待っても一向にこちらを見てくれないので諦めて視線を戻す。
それから彼女の問いをゆっくりと反芻する。
「そうかなあ」
「ん?」
「確かに宇宙からしてみたら私たちなんて小さい存在なんだろうけど、
その宇宙だって他の何かからしてみればちっぽけなのかもしれないじゃない」
そこでやっと、真は私のことを見やった。
次いで私の答えに苦笑する。
「変なところでひねくれてるよね、春香は」
「そんなことないよー。春香さんはいつも素直ないい子デスヨー」
すると真は声を上げて笑った。
何となく面白くなくて、私は草むらに仰向けになる。
空をじっと見つけると、真正面にはオリオン座。
少し西にはおうし座が、北にはぎょしゃ座が見える。
明るくはないが穏やかで優しい光の群。
いつ見ても、いつまでも見ていても、美しい。


物心ついたころには、私は夜空を眺めるのが好きだった。
小学校に上がり、星座という概念を知るとますますのめり込んでいった。
高校に入ると真っ先に天文部に入部した。
正直、今の高校を選んだ最大の理由は天文部があるからだ。
今現在、天文部の部員は私と真の二人だけ。
以前は3年生が3人いたけど8月で引退してしまった。
1年生はいない。
来年度の時点で新入部員を2人以上入れないと廃部になってしまう。
何とかして部員を勧誘する方法を2人で考えようと、馴染みの緑地公園で待ち合わせたのだ。
でも真が望遠鏡を持ってきたせいで結局いつもの天体観測へと移行してしまった。



廃部、か。
嫌な響きだ。
だが実のところ天文部が廃部になっても私には大したデメリットがない。
天体観測は道具一式が家に揃っているし、普段の部活動でしている太陽の観測は私はそれほど好きでもない。
唯一の問題は
ちらり、と隣の真を見る。
相変わらず私のことなんて眼中にないらしい。
真らしいと言えばそうだけど。
……天文部が廃止になったら、真に会う口実もなくなるんだろうな。
クラスも違うし、部活の事以外で用なんてそうないだろうし。
嫌だなあ。


「…あっ」
夜空の一角が、小さな光を放った。
刹那に輝く煌き。
あれは――
思わず漏れた声に、真が首を傾げる。
「どうしたの?」
寝転んだまま私は光の方向を指差す。
「流れ星。今流れたの」
真が意外そうに眉を上げる。
「珍しいね。流星群の時期でもないし」
流星群は主に夏に出現する。
有名なしし座流星群は8月だし、一番時期が近いふたご座流星群でも1カ月以上時期がずれている。
つまり完全に独立した流星だ。
小さい頃からしょっちゅう夜空を見上げている私でも滅多に見たことがない。
最後に見たのは中学2年生の時。
あの時は唐突過ぎて喜びより驚きのほうが勝ってたっけ。
今は何だか感慨深い。
あんなことを考えていたからかもしれない。
「したの?」
唐突に真が聞いてきた。
私の隣に腰掛けて。
どうやら望遠鏡の準備は終わったらしい。
「何を?」
「お願い」
「…する暇なかった」
「あはは、春香らしいね」
またもや気に障ることを言う。
無意識だから余計たちが悪い。
でも感動して願い事を忘れるなんて、私も成長してないな。
「いいの。見られただけで十分だよ」
「そうかもね。ボクも見てれば良かったなー」
表情にほんの少しの悔しさをにじませて真は笑った。
真も幼い頃から星や夜空が好きだったらしい。
彼女の中でも流星は特別なものなんだろう。
人生の中で後何回、こんな光景が見られるのかな。
「廃部になったら、見る機会も減るのかな」
無意識に口から出た言葉。
真の顔が曇る。
「そうかもしれないね」
そして息を吐く。
春を控えた空気はそれをほんのり白く染めただけだった。
「ボクは悲しいよ。天文部が無くなったら」
彼女の顔を見る。
いつもの、夜空を見上げる真の顔だった。
その真意は何なんだろうか。
でも
じんわりと心が温まっていく感覚がする。
「良かった。真も一緒だったんだ」
今度は真が私の顔を見た。
目線が合う。
星を目に移したかのような澄んだ目。
いつの間にか惹かれてしまう目。
「私も嫌だよ。部が無くなるなんて」
君がいるから。
君と見上げる空だから。
意味があるんだ。
そういうことは、流石に言えないけど。
「ねえ、真」
「何?」
「流れ星がもしまた見えたら、どんな願い事するか決まってる?」
「うん、決まってる」
「そう。私もだよ」
どんな、とはどちらも聞かなかった。
少なくとも私は聞く必要がなかったし、聞かれたくなかった。
今は真と、こうして星を見つめるだけで満足だから。
ちりばめられた宝石の光を全身に浴びながら、そう思った。








美しい星空に溺れながら
私は願うの
『君とずっと、空を眺められますように』