私が見てきたすべてのこと

久々に一時間SS参加しました!

テーマは「気力」「だます」「読書」「けが」。
「気力」を選んで書いてみました。
モチーフはYUKIの「ハローグッバイ」です。









疲れていたのかもしれない。
ここのところずっと仕事続きで、肉体的にも精神的にも追いつめられていた。
頭痛がしたけど薬でごまかして何とか続けた。
周囲の期待が、重かった。
だから、あんなことを。
あんなひどいことを、あずさに








ある日の朝。
いつも通り、765プロに出社した。
少し具合が悪い気もした。
でも弱音なんて吐いてられない。
ホワイトボードに書かれたスケジュールを確認していると、ひとりの同僚が声をかけてきた。
「あら?伊織ちゃん」
「あずさ」
あずさが私の隣に立った。
私の顔を不思議そうにのぞきこむ。
赤い目に、顔色の悪い私が映っていた。
「何か辛いことでもあったの?私でよければ相談に乗るけど」
そう言ったあずさの笑顔を見て
頭に血が上った。
知ったような口を利かないでよ。
分かってないくせに。
分からないくせに。
「ねえ、伊織ちゃん…」
「あずさには関係ないでしょ!?放っておいて!!」
事務所に響き渡るような大声で。
叫んでいた。
言った瞬間、後悔した。
弁解しようと口を開く前に
「…ごめんなさい」
あずさは悲しそうに眉を下げて去ってしまった。
どうして。
どうして言ってしまったの?
私の馬鹿。
八つ当たりなんて最低だ。
自分の汚さを呪った。






夕方の営業終わり。
私は765プロに戻りあずさの姿を探した。
でも見当たらなくて、小鳥に聞いたら屋上にいるとのことだった。
もしかしてショックで落ち込んでいるのかしら。
そうなら間違いなく私のせいだ。
階段を駆け上がって屋上へと急いだ。


屋上に着くと、確かに彼女はいた。
夕闇に沈んでいく町並みを眺めているようだった。
「あずさ!」
呼びかけると振り向いてくれた。
「伊織ちゃん」
少し驚いたようだった。
フェンス際の彼女に歩み寄る。
顔をまっすぐに見られなくて俯いてしまう。
あずさは何も言わず、ただ黙って私の言葉を待っていた。
ようやく出たのは
「あ、あずさ……その、ごめんなさい…」
それだけ。
そんなことしか言えなかった。
腰を折って、頭を下げる。
「いいのよ」
「でも、私あんなに酷いこと…」
「そうじゃなくて」
あずさが私の言葉を遮った。
いつもの優しい声で。
「苦しんでもいいの。人に感情をぶつけてもいいのよ。
だってそれは、伊織ちゃんが頑張ってるっていう証拠なんだもの。
だから」
さっきと同じ笑顔で、彼女は告げる。
「どんどん私を頼ってね?」
頬が濡れる感覚がした。
一気に視界が不鮮明になる。
私……泣いてるの……?
不意に私の身体が前のめりになり、柔らかいものに包まれた。
ふわりと漂う
あずさに抱きしめられたんだ。
分かっても、恥ずかしさよりも安心が胸に押し寄せてくる。
温かい。
「無駄じゃないのよ。伊織ちゃんの涙も、苦しさも、辛さも。
それが報われる日が、いつか来るわ」


ぷつん、と
私の何かが切れる音がした。
そうか。
私は、誰かに肯定してもらいたかったんだ。
躓いて転んで、立ちあがって。
でも周りの人たちは「頑張って」「もっとできる」というだけ。
私は既に頑張っているのに。
体力も気力も尽き果てかけていた。
その果てに尖って、八つ当たりまでしてしまった私を
あずさは受け止めてくれた。
堰を切ったように、涙と声があふれだす。
心の重圧が洗い流されていく。
まるで小さな子どものように
私はあずさの胸の中で泣き続けた。


いつの間にか涙は枯れていた。
柔らかな手が頭を撫でてくれるのが嬉しい。
名残惜しさを感じながらあずさの胸から顔を離す。
「…ありがとう」
「どういたしまして。すっきりした?」
「うん」
まだ湿った目元を細くして、私は笑った。
あずさもにっこりと笑い返してくれる。
「あずさ、あのね」
「なあに?」
「また辛くなった時は…あんたを頼っていい?」
弱音ではない。
ただ、甘えたい時もある。
あずさはやっぱり笑って答えてくれた。
「勿論よ。いつでも呼んでね。すぐに駆けつけるわ」
彼女の口からそんな事を聞いて、ぷっと私は吹き出した。
「無理よ。あずさは急いだらとんでもない所に行っちゃうんだから」
「ええ〜?そうかしら〜?」
沈みかかった太陽の下、私たちは笑いあった。








どんなに辛い時でも
傍にいて寄り添ってくれる人がいれば
気力が湧いてくるはずだから。