キズナ

ネタが珍しく舞い降りてきたので書いてみました。
CPではないのですが百合なので「その他」に分けましたw
美希+千早です。










「フラれたんでしょ」
会って二言目の美希の言葉だ。
その日は東京では珍しく雪が積もった。
交通機関が止まるほどではなかったものの、底冷えする寒さに人々は縮こまっている。
レッスンが終わった夕方になってもちらほらと雪が舞っているのを見て少し驚いた。
大通りで信号待ちしていたところを彼女と偶然一緒になったのだ。
話を聞くと営業の帰りということだった。
そして、冒頭の台詞へと続く。
千早は白いため息をついた。
「どうしてそう思うの」
「何となくだよ。ミキには分かるの」
丁度、信号が青に変わった。雑踏とともに二人も歩きだす。
刺すような冷気が肌を撫でていく。
マフラーに顎を埋めながら、千早は美希を見た。
紺色のダッフルコートにチェックのスカート、黒のブーツ。
耳には柔らかそうなイヤーマフをしている。
いつもは派手なコーディネイトをしているが、さすがに今シーズンの寒さには堪えたようだ。
そんな千早の考察を知ってか知らずか、美希が言う。
「千早さん、この後予定とかあるの?」
「いえ、特にはないけど」
「じゃあちょっとお茶でもしない?まだ天気悪いし、雪宿りも兼ねて」
千早は一瞬戸惑った。
確かに美希とは仲がいい。
しかし彼女は仕事終わりは寄り道せずにさっさと帰るのを常としているはずだ。
一体どういうつもりだろうか。
とは言ったものの千早自身、先ほどの美希の言葉に少なからず興味を持っていた。
なのですぐに首肯した。
「いいわよ。どこに行くの?」
「やった!じゃあね、ミキのおすすめのお店に行こ!」
美希に引っ張られる形で千早は続いた。





美希のお勧めという店は、ファッションブティックの上にあった。
他のテーブルには女子会であろうグループやカップルがちらほらと見える。
カフェラテの泡をかき混ぜながら、千早は切り出した。
「それで?」
「へ?」
「どうして私が振られたんだと思ったの?」
思い切りのいい質問に美希は多少意外に思ったようだ。
だがすぐにストローを口から離す。
そして自信を口の端に浮かべて答えた。
「千早さんの顔見たらすぐ分かったよ」
美希らしい返答に千早は苦笑する。
「どんな顔なの?」
すると美希の顔が少し――ほんの少しだけ曇った。
言うか言うまいか迷っているように。


「痛いのを我慢してる顔」
千早の手が止まった。
視線を手元から美希へと上げる。
美希は千早から目を逸らす形で、ガラス越しの街を眺めていた。
千早は彼女の表情も言葉の真意も測りかねていた。
かと思うと、美希は振り返ってあっさりとこう言い放つ。
「ミキもね、この前フラれたの」
まるで意味のない報告をするかのようだった。
その気軽さに聞き逃しそうになる。
しかしそれだけで、千早には全て察せられた。
美希が真のことを好きだというのは、彼女自身から聞かされていた。
その後美希の言動を見ていると、なるほど確かに合点がいくものだった。
美希の真に対する態度が他人のそれとは微妙に違っていた。
注目してみないと分からないほどの差異だったので、周囲は気付かないだろう。
勿論、真も。
「ミキのこと、友達としか見られないって」
美希が少しだけ顔の角度を変えたので表情が見えた。
寂しさがにじみ出ていた。
誰への?
真への?
美希自身への?
「痛かった。胸をぎゅって掴まれたみたいに苦しかった。…千早さん、その時の美希と同じ顔してるよ」
多分、と。
最後に付け加えた。
「……そう」
千早はカフェオレをそっと啜る。
脳裏に浮かんだのは
穏やかな笑顔を見せるあずさの姿だった。


今日の午後
レッスンの合間の小休憩中。
千早は同じデュオのあずさに声をかけられた。
千早ちゃん、ちょっといいかしらと。
ロビーで並んでジュースを飲んでいると、あずさが口を開いた。
「私ね、プロデューサーさんと付き合うことになったの」
千早の世界が、モノクロになった。
時が止まる感覚とは、こういうことを言うのだろうか。
照れ隠しのようにあずさは続ける。
「急にごめんなさいね。でも、パートナーの千早ちゃんには一番に知ってもらいたかったの」
「…そうなんですか。おめでとうございます。あずささん、ずっとプロデューサーのこと好きだったんですもんね」
「ふふっありがとう」
幸せそうなほほ笑みを見るのが辛かった。
分かっていたはずだ。
あずさが彼女たちのプロデューサーを好きだというのは。
それを承知で、自分はあずさを好きになった。
こういう結末も予想していたはずだ。
だが、割り切れない。
全身を針で串刺しにされているようだ。
痛くて痛くて涙が出そうだ。
でもあずさの悲しい顔は見たくない。
あずさが幸せならそれでいい。
そう思って
黙って身を引いた――。




「真クンは変わらず接してくれてるよ」
美希の言葉が耳に入り、我に返った。
いつの間にか千早の方を向いていた。
「ミキだって辛いよ。でもミキがしつこく迫ったら、真クンきっと困っちゃうから。
真クンが不幸になるくらいだったら、ミキがその分背負う」
瞳には普段の彼女には見られない真剣な光が宿っていた。
それだけ真のことを想っているのだ。
千早があずさを慕っているように。
「強いのね、美希は」
「強い?…違うよ。嫌われるのが怖いだけ」
似ている、と思った。
立場は違えど、美希と千早は同じだ。
同じ場所に傷を負っている。
他人には見えない傷を。
美希の顔を見つめながら、考えた。
行動して後悔するのがいいのか、何もせずに後悔するのがいいのか。
分からない。
ドングリの背比べなのかも。
「ミキたち、似た者同士なのかな」
眉を下げて笑った美希の顔が、印象的だった。



小一時間ほどして二人は店を出た。
雪はまだしんしんと降り積もっている。
肩に降りた雪の粒が一瞬で消えていく。
「美希、今度は私のおすすめのお店を教えるわ」
美希が驚いたように振り返る。
目を見開いた表情がおかしくて、顔がほころぶ。
美希もふっと表情を崩す。
「そっか。じゃあ案内してもらうの!」
二人でくすくす笑いあった。
白く染まったアスファルトを進んでいく。






あの人のことはまだ忘れられない。
心の傷は、きっとすぐには癒えない。
思いっきり笑えるようになるのはいつなのか。
でも、今はこれでいい。
励ましや慰めなんて必要ない。
傷という名の絆で結ばれた相手がいるのだから。
それだけで、少しだけ心が軽くなった気がした。