機械越しの君の声

1時間SS参加しましたー。

テーマは「胸」「朝日」「紅葉」「充電」。
充電で書いてみました。
久しぶりのひびまこですよ!








「あ」
事務所の一角で、その日の営業を終えた真が小さく声を洩らした。
向かいに座っていた伊織が不可解に眉をひそめる。
「どうしたの?」
「ケータイの充電が切れてる」
ほら、と真が手に持っていた携帯電話の画面を伊織に向けた。
確かに何も映っていない。
真っ暗闇だ。
「あーあ。電池残量確認してないからよ。バカねあんた」
「ちぇー。これから遊びに行く予定なのに、連絡とれないじゃん」
「ふうん、誰と?」
「響と」
またか、と伊織は内心ため息をついた。
この二人の仲の良さといったら呆れるほどなのだ。
765プロでは春香と千早に並ぶ仲良しコンビとして有名だ。
伊織は意地悪をしてみることにした。
「せいぜい怒られるといいわ」
いくら仲がいいと言っても連絡が取れなくなれば溝が生まれるだろう。
尤もそれが真と響の間に通用するかは分からないが。
「やだよそんなの。伊織、充電器持ってない?」
「都合良く持ってるわけないでしょ」
伊織の即答に真は渋い顔を作る。
「だよねー…まあいいや、誰か持ってないか探してくる」
「頑張りなさいよー」
椅子から立ち上がった真に伊織は適当に手を振って見送った。





とは言ったものの、正直なところ真は誰に充電器を借りればいいのか分からない。
一番可能性のありそうな春香と律子は今営業に行って留守にしている。
千早と貴音は電子機器に疎いから可能性は低い。
亜美と真美は別室で遊び倒していて話を聞いてくれそうにない。
美希は相も変わらずソファで寝ているが、無理矢理起こされた時の彼女の機嫌の悪さは異常だ。
あずさは迷子になって今担当プロデューサーが探し回っている。
やよいは…言うまでもない。
一応千早には聞いてみたのだが、案の定持っていないということだ。
ちなみに雪歩も持っておらず、事情を聞くと
「真ちゃんの役に立てなくてごめんね〜」
と言いつつ穴を掘って埋まってしまった。
貴音に至っては「充電器?それはいかなるものでしょう?」と逆に聞き返された。
彼女は今までどうやって携帯電話を扱ってきたのだろうか。




「う〜ん、お手上げかなあ」
真はいつもの癖で頭を掻く。
するとそこに
「何がお手上げなんだ?」
馴染みの低い声が聞こえた。
真の心に一筋の光が差し込む。
そうだ、まだ彼がいた。
「プロデューサー!いいところに!」
「んん?」
振り向きざまにそう言われて、プロデューサーは首をかしげた。
真が簡潔に事のあらすじを話すと頷いて
「なるほどなあ。それなら俺は今持ってるぞ」
「ホントですか!?やーりぃ!」
地獄で仏とはこのことである。
プロデューサーが早速バッグから充電器を取り出す。
「でも真のケータイに対応してるかどうかは分からないな」
「多分大丈夫です。確かプロデューサーのとボクのは会社一緒ですから」
コンセントにコードを差し込み、もう一端を携帯の側面に合致させる。
すんなりと入ったので問題なさそうだ。
少し待った後電源ボタンを押すと、パッと画面に明かりが灯った。
「やった、出来ました!プロデューサーありがとうございます!」
はしゃいで飛び跳ねる真。
待ち受け画面の端にはひとつではあるが充電があることを示す画像が映っていた。
これで少しの通話くらいなら持つだろう。
「いやいやいいんだよ。それよりほら、電話かけなくていいのか?」
「あ、そうですね。それじゃ失礼します」
良かったな、と笑うプロデューサーにもう一度礼を言ってから真は携帯を操作し出した。




廊下を歩きながら携帯のアドレス帳を呼び出し、響の電話番号を選択した。
前に話してから一日も経っていないというのに不安になってくる。
いつにも増して緊張してしまう。
「おーやっと繋がったな!」
3回目のコールの後、聞きなれた響の声が聞こえた。
思わず安堵の息が漏れた。
次いで慌てて弁解を始める。
「ごめん響!ケータイの充電切れちゃって…」
「全然いいんだぞー。それより今どこにいるんだ?」
響が怒っていないことに安心しつつ、事務所の階段を下りる。
「まだ事務所。今からすぐ行くから」
「うん、待ってるからなー」
プチッ、ツーツー
無機質な電子音が通話が終わったことを告げる。
ケータイを折り畳みポケットに入れる。
真の胸に無性に嬉しさがこみあげてきた。
肉声でなくても相手の声が聞けるというのはとても有難いことだ。
今日一日でそれが良く分かった。
そして今度は会って話がしたい、遊びを楽しみたいという欲が出てきた。
「よーし、今日はバリバリ服買うぞー!!」
真は誰に向かってでもなく宣言した。