Secret Secret

自発的なSS久しぶりな感じです。
企画に頼らずに自力でSSを書こう!と思い…
実はちょっと疲れましたw









暦は9月に入った。
むせ返るような激しい暑さはまだ続くものの、夜更けには虫が鳴くようになったし、あれだけ騒々しかった蝉の歓声も身を潜めた。
季節はゆっくりと移り変わろうとしている。






「お疲れ様です、あずささん」
「ふふっ千早ちゃんもお疲れ様」
千早とあずさのデュオはダンスレッスンを受けていた。
二人の身体が汗でぐっしょりと濡れている。
クーラーが効いているとは言え、2時間も踊り続けていたのだ。
シャワーで汗を流した後はロビーで少し休憩をとった。
「はい、スポーツドリンクでいいかしら?」
「あ、ありがとうございます」
あずさは自販機で2人分のドリンクを買い、一方を千早に手渡した。
千早は律儀にお辞儀をする。
その様子が可愛く思えてあずさの頬が緩んだ。
からかわれたと思ったのか、千早はそっぽを向いて缶を開ける。
乳白色の液体が口に流れ込みごくりと細い喉が上下する。
「ふうっ。やっぱりレッスン後のスポーツドリンクは身に染みますね」
「ええ、そうね〜」
他愛もない話をしていると、ふとあずさが切り出した。
「ねえ千早ちゃん、良かったらちょっと遅いけど、晩ご飯一緒に食べない?」
あずさの提案に千早は少し考え込む。
時計を見やると、既に8時を回っていた。
「そうですね…お腹も空きましたしご一緒させて貰ってもいいですか?」
「そんなにかしこまらなくてもいいのよ〜。今夜は私が奢ってあげる」
「えっでも…」
「千早ちゃんいつも頑張ってるしサポートしてくれるし、日頃のお礼よ」
なおも納得いかなさそうな千早であったが、あずさの有無を言わさぬ雰囲気に押されて頷いてしまった。
考えてみればあずさの方が年上なのだし食事の際に奢られるのは別段変なことではない。
実は千早自身炊事があまり得意ではないので外食はありがたい。
外食ばかりでは栄養が偏ることは分かっているのだが…。
「じゃあ早速行きましょう。とーっても素敵なイタリアンレストランを知ってるのよ〜」
「あ、あのあずささん…地図とかありますか?私が探しますよ」
「あらそんなのいいのに〜。気を使うことはないわ」
「いえそういうことじゃなくて…」
あずさが案内人になるなど、さいころを振って道を決めるよりも効率が悪い。
夕食どころか今日中に家に帰れない恐れすらある。
渋るあずさから住所を聞き出し、千早は歩き出した。








「ね、美味しいでしょう?」
「はい。パスタからスープまで堪能しました」
皿の上の料理を綺麗に食べ終わった二人は、食後のデザートをつついていた。
あずさの言った通り、内装も食事もとても魅力的だった。
周りは若い女性グループやカップルで埋まっている。
アイドルにならなければ千早には縁がなかったであろう店だ。
「でも…私がこのお店に見合っているか心配です」
「あらそんな必要はないわよ。千早ちゃんは綺麗なんだから自信持っていいのよ〜」
「そ、そうですか?」
照れたのかそわそわしているように見える。
あずさは思わずくすりと笑いを洩らした。
「まだ自信は付かない?」
顔を上げた。
視線でどういうことかと尋ねてみるが、あずさは相変わらずにこにこしているだけだった。
仕方がないので首肯する。
「はい…。私はあずささんみたいにスタイル良くないし、歌しかやってこなかったからファッションも分からないので…」
「あらあら」
「あの、だから私、あずささんにアドバイスを貰いたいんですが」
千早がずいっとあずさに顔を寄せる。
目には真剣な光が宿っていた。
あずさは顎に人差し指を添えたおなじみのポーズで考え出す。
「そうねえ。例えば、恋なんてしてみたらどうかしら?」
「こ、恋?」
千早の口から普段では出さないような素っ頓狂な声が上げる。
余程予想外な返答だったらしい。
「そうよ〜。恋をすると女の子は綺麗になるんだから」
「そういうものですか…」
「ね、だから魅力的なお相手を探してみたらどうかしら〜」
もじもじと体をよじる千早。
恋とは無縁の生活を送ってきた彼女はそれ故恋愛に敏感なのだ。
度が過ぎるほどに。
「いえでも、急にそういうのは…」
「それもそうね〜。ごめんなさいね変なこと言って」
口では謝りつつもあずさは未だに笑顔を絶やしていない。
千早も諦めて笑ってしまった。






それから少し雑談をして、二人は店を出た。
自宅は逆方向なのでここで別れることになった。
千早が絶対にタクシーに乗ってくださいねと念を押すと、あずさは不思議そうな顔をした。
これだけ周囲が認めているのに方向音痴の自覚がないのはおかしい。
結局は頷いたあずさに手を振って千早は歩き出した。
心なしか背中が楽しげに見えたのは気のせいだろうか。
あずさもタクシーを止める。
行き先を告げると運転手の返事とともにすぐに動き出した。
後部座席であずさはぼんやりと外の景色を見る。
様々な色のネオンが端正な顔を照らし流れていく。



「恋なんてしてみたら」
あれはあずさの密かな誘いだった。
勿論千早は気付かなかったわけだが。
それでいいのだと思う。
彼女は無垢な少女なのだから。
許されない感情を持つこんな大人にならなくていい。
それでも
気付いてほしい、愛してほしいと叫ぶ想いが胸を締め付けてくる。
小さくため息を漏らした。
何て身勝手な人間なのだろうか。
万が一結ばれたとしても、きっと自分は彼女を縛り付けてしまう。
手に入れたら束縛の情が湧いてくる。
だから触れない。
触れられない。
少しだけ膝に置いた手を握り締めた。
色が混じり合った極彩色のネオンが、まるで心を映しているように見えた。



タクシーを降りて自宅のあるマンションまで歩く。
いくら方向音痴のあずさと言えど、距離にして100メートルほどの距離に迷いはしない。
歩道を歩いていると夜風が髪を浚っていった。
涼しいとは感じなかったが熱風でもない。
そう言えば心なしか夜の暑さがましになった気がする。
夏が徐々に遠ざかっているのかもしれない。
「(夏、か…)」
今年の夏は忙しかった。
営業もだが、事務所のみんなで海に行ったりテーマパークに行ったりした。
そして浮かんでくるのは千早の顔。
笑顔も驚いた顔も綺麗だった。
「(一夏の恋だなんて、嘘ね)」
だってこの恋はずっと続いていくものだから。
ひとつの季節だけで終わるものではないから。
自分自身に苦笑しながら、あずさはマンションの自動ドアをくぐった。






どこかで、秋を告げるように虫が鳴いていた。













久々のあずちはです。
今回は珍しくあずささんの片想いという形で書いてみました。
あずささんは大人だからいち早く自分の恋心に気付けるのではないでしょうか。
そして優しすぎるから相手の迷惑になるだろうと思いこんでそのままです。
遠くで見つめるだけでいい、そんな切ない気持ちが描けていればなと思います。