だから私は飛び立てる

1時間SS参加しましたー!

お題は「名刺」「おたまじゃくし」「羽」「たるき亭」。
私は羽を選びました。










久しぶりにオフを取れた。
今、千早は押しも押されぬ大人気アイドルだ。
全力でスケジュールを開けてくれたプロデューサーには感謝するし、感心する。
普段はどことなく頼りないといってもやはりプロなのだ。
「良かったわね〜千早ちゃん」
「はい。これでゆっくり疲れがとれます」
千早はあずさの家に遊びに来ていた。
遊びに来るというか、世話を焼きに来るというか。
あずさの独り暮らしは危なっかしすぎる。
洗濯物を干そうと椅子に座っているあずさの前を通った瞬間
「千早ちゃーん」
「はい?…っ!?」
声を上げる間もなく、あずさの腕が千早を捕まえる。
身体に腕を絡めしっかりと拘束する。
「あ、あずささん!?やっやめ…!」
「うふふ、聞きませ〜ん」
恥ずかしがってゆでダコのようになっている千早を、半ば無理やり膝の上に乗せる。
こうなると千早は抵抗できない。
顔を真っ赤にしながら、大人しく膝の上に収まった。
そんな千早を見て満足げにほほ笑むあずさ。



あずさは何をするでもなく、しばらく彼女の髪を撫でたりしていた。
徐々に千早の顔から赤色が消えていく。
そんな時、あずさはふっと口を開いた。
「千早ちゃんの背中には、羽が生えているのね」
「え?」
千早は思わず聞き返していた。
あずさはそんなことなど構わず、後ろから彼女を抱きしめる。
「千早ちゃんの歌って言ったら、蒼い鳥や鳥の唄でしょう?
arcadiaは違うけど…この二つはどちらも鳥っていう言葉が入ってる
それに蒼い鳥があったから、千早ちゃんはこんなに有名になれたのよね〜」
そう言えば、と千早は思い出す。
蒼い鳥を初めて聞いた時のあの衝撃。
脊髄を貫いたようなあの感覚を。
予感は的中し、その後千早は華々しいアイドルの階段を一気に駆け上がることになる。
運命の出会いは、何も人と人とは限らないのだ。
「だから私は鳥みたいだって言いたいんですか?」
顔だけあずさの方に向ける。
身体はしっかりと固定されていて動かない。
「ふふっそうね」
あずさは楽しそうに――と言うより少しおかしそうに笑う。
「千早ちゃん、抱っこしててもこんなに軽いし、羽みたいっていう言葉がぴったりなの」
抱っこという言葉に千早の頬が少し染められる。
子ども扱いされるのは嫌いだったはずなのに、あずさに言われると恥ずかしくなる。
それがまたあずさにはおかしかったようで、「ふふふ」と笑う。


きゅっと
抱擁が深くなる。
腕の力が強くなったのではなく、あずさの身体が千早に密着する形になった。
「あずささん…?」
ぽつりと、あずさが口にする。
「鳥って空を飛ぶ姿は美しいけど、ずっと飛び続けられるわけじゃないのよ」
「……」
優雅に宙を舞う鳥たち。
しかし永久に飛び続けられるわけなどない。
無理に飛び続けていれば、いつかは力尽きて地に落ちる。
「千早ちゃん、最近お仕事が詰まってきてるみたいだし…倒れちゃうんじゃないかって心配で」
千早は無言であずさの顔を見、言葉を聞いていた。
彼女の瞳にはいつもの穏やかさがなかった。
代わりに焦燥のようなものが浮かんでいる。
ああ、私は馬鹿だ。
千早は下唇を噛む。
大切な人に心配をさせるなんて。
大切な人の心を沈ませるなんて。
いくら有名になろうが偉かろうが、こんなことでは恋人失格だ。
「今はまだ大丈夫です」
あずさの腕を解き、くるりと向き直る。
「でも、いつか疲れ切ってしまった時は…あずささんが、私の羽を休める止まり木になってくれませんか?」
鳥が心を許す、安らぎの場所に。
今度は千早からあずさを抱きしめる。
ふわりとあずさの香りが漂う。
それだけで安心できる。
身体で温かさを確認する。
それだけで疲れなんて吹き飛ぶ。
あずさの囁くような言葉が響く。
「ありがとう…」








それはとても温かい、千早だけの止まり木。