まことウルフ 其の弐

アイマス×化物語再開ですよー!
さて、真はどうなってしまうのでしょうか…?







その日の深夜――と言っても11時くらいだが、僕は久しぶりにある人物に電話をかけてみることにした。
勿論この部屋に固定電話などあるわけもなく、携帯電話のアドレス帳から引っ張ってくる。
通話ボタンを押してから数秒後
神原駿河だ」
応答があった。
相変わらず勇ましい挨拶だ。
去年の夏ごろから少しは女の子らしくなったのに口調は変えないのだろうか。
神原駿河。特技は波動拳だ」
「お前には殺意の波動が眠っているのか!?」
「む、その突っ込みは阿良々木先輩だな」
「いい加減アドレス帳機能使えよ…」
どこまでもアナログ人間な高校生だ。
彼女の名は神原駿河
僕の母校の後輩で現在は3年生。
彼女とも怪異を巡って複雑ないざこざがあったのだが、説明するのが難しいので省略しよう。
「阿良々木先輩が電話をかけてくるなんていつぶりだろうなあ。心が躍るぞ」
「心が躍るとか言いながら全裸になるなよ」
前科あり。
「む、私を見くびってもらっては困るな。下着を装着していないだけだ」
「…それ、相手によっては全裸よりも危険だから迂闊に喋らないほうがいいぞ」
かく言う僕も少し反応してしまった。
悔しい男の性である。
「それで、わざわざ電話してきたくらいなのだから、私に何か用があったのではないか阿良々木先輩?」
「ん、ああ、バイト先で神原に似てる子がいてさ。ちょっと思い出したから」
ガタッ
携帯の向こうから物音がした。
恐らく神原が姿勢を正した音だろう。
嫌な予感がする…むしろ嫌な予感しかしない。
「…もう少し詳しく聞かせてくれないか?」
はい、的中。
まあこうなることは予想していたけどさ。
そう、神原には百合属性がある。
要するに可愛い女の子が大好きなのだ。
以前は僕の彼女に片思いしていた。
このままでは菊地のことを根掘り葉掘り聞かれてしまう。
プライバシーに関わらないよう注意しなければ。
あいつのことだ、気に入った女の子の自宅にまで押し掛けかねないからな。


そこから菊地の特徴を30分間たっぷり聞き出された。
脱線しているようで微妙にしていないから良しとする。
「何だその子は!まるで萌え要素が服を着て歩いているみたいじゃないか!」
電話越しのテンションが半端じゃない。
思わず携帯から耳を離してしまった。
「今お前がどんな顔をしているのか手に取るように分かるよ」
「頼む阿良々木先輩、その子を私の家まで連れて来てくれないか?」
「僕に犯罪の片棒を担がせる気か」
「ふむ…では私からその事務所を尋ねるとするか」
「それは本気でやめてくれ!」
女性アイドル限定の芸能事務所なんて、神原にとって桃源郷のようなものではないか。
その日の内に何人かが犠牲になるぞ。
「恩人である阿良々木先輩にそこまで頼みこまれては、仕方ない。妄想の範疇にとどめておこう」
「それもそれで彼女たちが可愛そうな気がするが」
脳内で凌辱されてそうだな。
「さて、話を元に戻すが…その真ちゃんという子が私に似ているというだけで電話をしたわけではないのだろう?」
ご名答だ。
鈍いようで鋭い、それが神原駿河
「いや…菊地に憑いた怪異が、お前の左手と似ていたから」
左手。
神原の猿の手
願いを叶えると同時に、宿主の魂を侵食する悪魔の手。
レイニー・デヴィル。
菊地が祈った真神もまた、願いを叶える怪異だ。
レイニー・デヴィルと同じように代償を必要とすると考えるのは間違っていないだろう。
「危ないのか?」
神原の声が張り詰めたものに変わる。
「いや、今のところ表立って危険なことはないんだけどな」
「そうか…しかし気を付けた方がいいぞ先輩。怪異というのは起こってからでは遅いのだからな」
「ああ、分かってる」
分かっていても対処法が見つからないというのはもどかしい。
菊地の身に何が起こるか、あるいは何も起こらないのかもしれないが――今までの経験からして身構えずにはいられない。
「なあ神原、送り狼って知ってるか?」
「ん?ああ、名前なら聞いたことがあるが、それが今回の怪異なのか?」
「正確には真神っていうんだけどな。その怪異の情報、持ってないか聞こうと思ったんだけど…無理みたいだな」
それはそうか。
怪異に遭遇したとは言え、神原は専門家でも何でもない。
神原の所在なさげな声が聞こえた。
「力になれず申し訳ない」
「いや、無茶な事聞いた僕が悪かったよ」
「暇があればまた電話してくれ。何時間でも相手をしてさしあげよう」
「何時間も話すことはないぞ」
「そうだな、例えば私の今履いているパンツの色当てなどどうだろうか」
「履いてないんだろ!」
変態カップルのやり取りのようである。
僕には既に彼女がいるけれど。
ああ、何だって彼女を差し置いて後輩と変態トークをしなきゃならないんだ。
「趣向にそぐわなかったのか、残念だ。ではまた次の機会に話し合おう」
「ん、そろそろ切り上げるのか。じゃあな」
きっちりと空気を呼んでくれるのは助かる。
趣向云々はもう言い訳しないことにした。
話が膨らむと色々と厄介だ。
「ああ、それではな、阿良々木先輩」
そして、神原からの電話は切れた。
ツーツーという無機質な音を確認してから携帯を閉じる。
そのままフローリングの床に寝転がる。
蛍光灯の光がまぶしい。
神原の声を聞いてから、少しだけ気が楽になった。
久しく会っていなかったからだろうか。
手掛かりは得られなかったが報酬はあった。
せめて、送り狼がどんな怪異なのかを思い出せれば。
そう都合良く事が進むわけがないのは知っているが
いつまでも足踏みするのは気分が良くない。
これも自己満足なのだろうか。
様々な思いで脳内をマーブル色に染めながら、僕は天井を見つめていた。














考えた末、まず菊地に怪異のことについて話すことにした。
最初は驚いていたものの疑うこともなくすぐに信じてくれた。
「ボクの願いを神様が本当に叶えてくれたってことですか?凄いなあ」
キラキラした瞳で頷いている。
将来詐欺に引っかからないか心配である。
話しているこっちが心苦しくなってくるのだが。
「それで聞きたいんだが、真神に何を祈ったんだ?」
すると菊地の顔が一転して暗い影を落とした。
分かる。
この顔は迷いの顔だ。
しかし話してもらわなくてはならない。
この先彼女の身に及ぶかもしれない危険を考えれば。
間もなく菊地が僕の顔を見る。
「ボクは、弱い人間なんだよ」
独白。
普段の彼女からは想像できない言葉。
「明るい振りして、自分に自信も持てない。オーディションでも自分じゃ合格なんてできないんじゃないかって思ってしまって」
明るい仮面。
どこまでも気丈な性格。
周りをコーティングすることで守っていた。
だが内面まで変わることはない。
「だから祈ってしまった…この自分の弱さを、克服できますようにって
最近オーディションがとんとん拍子だったのはそのおかげだったのかあ」
神に祈ることで逃げた。
逃げてしまった。
それも菊地は分かっていることなのだろう。
「この前、運が尽きたのか落ちちゃったけど。
代償を負うのも、仕方のないことなのかもね」
「仕方ないって…」
「ボクは大丈夫、阿良々木さん。耐えてみせるから」
いつもの笑みではないが、彼女は笑う。
僕は何も言えなかった。
仕方ないなんて言うな?
僕が何とかする?
違う。
こういう時にかけるべき言葉を、馬鹿な僕は知らない。
「そろそろ自主レッスンの時間だから。心遣いありがとう」
菊地が席を立つ。
すると
「っ…!」
一瞬、菊地の顔が強張った気がした。
「どうした?」
「いや、足が少し痛んだだけ」
左足をズボン越しにさする菊地。
「それならレッスンは休んだ方がいいんじゃ…」
「ボイスレッスンだから足は使わないよ」
それじゃあ、と言って、今度こそ菊地は出て行った。




椅子の背もたれに身体を預けた。
怪異は悪くない。
求められたから与えただけ。
与えた分だけ、報いを求める。
何も間違っていないのだ。
「デュララ木さん」
「…人を電撃文庫から出てるライトノベルみたいに言うな。僕の名前は阿良々木だ」
「失礼、噛みました」
上から声が降ってきたと思ったら、相変わらず不遜な物言いだな。
如月千早
「昼間から仕事もせずにいいご身分ですね。それともバイトじゃないのに事務所に来てますという優等生アピールですか?」
「仕事が終わって菊地と話してたところだよ。心配しなくてももう帰る」
「そうしてください。阿良々木さんがここに存在するというだけでスタッフの仕事意欲が失われます」
僕の仕事意欲が失われそうだ…。
出社拒否になったら絶対に如月のせいだ。
そんなことを思っているとじっと僕の顔を覗き込まれた。
「え…ちょ…」
何をされるか分からないので動けない。
「その様子だと、真に怪異について話したはいいけれども、心配しないで下さいとむしろ慰められてしまったというところですか」
「……」
エスパーかこいつ。
超脳力は使えないとしても恐ろしい勘の鋭さだ。
「まああの子ならそう言うでしょう。責任感が強いから」
「断られる可能性は一応頭の中にあったんだが、ああまできっぱり言われるとは思わなかったな」
「阿良々木さん、こんな言葉を知っていますか。汝、右の頬を叩かれたならば、左の頬をジャーマンスープレックス
「それだと根本的に意味が違ってくるぞ」
プロレス技について詳しいことは僕も分からないけど。
「要するに私が言いたいのは、お節介だと言われたらしつこいくらい、それこそ母親のように世話を焼いてやれということです」
間違ったまま話を進めやがった。
「どちらにせよ阿良々木さんは断られてもお節介を続けるつもりだったんでしょう?梅雨時のカビよりもしつこいですからね貴方は」
「例えをどうにかしろよ」
しかし、そうか。
諦めが悪いのが、僕の性格だったな。
今更変えようもないか。
「お前には助けてもらってばかりだな、如月」
「阿良々木さんが勝手につまづいているだけでしょう」
「あーあー悪かったな」
「この調子でまた何かにつまづいて転ばないでくださいね」
「気をつけるよ…」
…ん?
何だろう、この違和感。
今の如月の言葉か?
思わず立ち止まって考えてしまう。
「?阿良々木さん?」
如月の声がどこか遠くで聞こえる。
集中しろ、阿良々木暦
『つまづいて転ばないでくださいね』
つまづいて転ぶ…
転ぶ…?
転んだ先には――


「!!」


そうか、思い出した。
送り狼の特徴。
山道を行く旅人の後ろを守護する怪異。
しかし途中で転んだものは
送り狼に喰い殺されてしまうのだ。
なるほど、辻褄が合う。
旅人は迷っている人間。
守護するということは願いを叶えること。
そして転ぶとは――真神の守護があったにもかかわらず、その力を発揮できないこと
『この前のオーディションは落ちちゃったけど』
『いや、足が少し痛んだだけ』
菊地の身体は――真神に侵食されつつあるということか。


考えるまでもなく、僕は走り出していた。
「阿良々木さん!?」
如月が叫んだ声がしたがどうでもいい。
ロビーのドアを突っ切って廊下へ。
エレベーターなど待っている時間はない。
一気に階段を駆け下りて、駐輪所に向かう。
新しく買ったマウンテンバイクに飛び乗った。
ボイスレッスンのスタジオまで、自転車で7分…いや、飛ばせば4分で行けるか。
勝手な勘違いかもしれない。
勝手な勘違いであってほしい。
強く祈りつつ、ペダルをトップギアで踏み出した。








続く