人喰い狼にご用心

1時間SSに参加しました〜!
テーマは「休日」「ポジティブ」「繊細」「弾丸」。
私が選んだのは「弾丸」です。
あんまり絡んでませんね…うう、すいません。









ここはとある国のとある山奥。
黄金の月が輝き、生き物が身をひそめる真夜中に、その怪物は現れる。
ひっそりとした広場のベンチに、何者かが腰かけていた。
そこに現れる黒い影。
影はベンチにいる人物に向かって口を開いた。
「…貴女が」
怪物はニヒルに微笑んだ。
鋭利に発達した牙をむき出しにして。
黒々と生やした獣の耳。
月と同じ色に輝く瞳。
そう、彼は人間ではない。
「人喰い人狼の、真」
真は座っていたベンチから腰を上げた。
優雅に影の――伊織の方へ歩いてくる。
「待っていたよ、ハンター」
人の形をした、狼。
伊織はじっと相手を見つめた。
殺気も怒気も感じられない。
このところ毎夜のように女性が姿を消している。
町の役人は、山に住む人狼が彼女たちを襲い肉を食らっていると見て、捜索隊を派遣した。
その中の一人が彼女――水瀬伊織なのである。
「さて、どうするの?」
警戒心も見せずに真は伊織と対峙した。
伊織よりも身長は高いが威圧感を覚えるほどではない。
体躯も筋肉質ではなく、どちらかというと細身だ。
伊織には彼女が人喰いをするとは思えない。
しかし怪物の類は得てして外見と中身が一致しないものだ。
身構えた姿勢を崩しはしなかった。
「貴女を倒すわ。そしてあの子たちを食べた罪を償ってもらう」
「償う?――ふうん」
真は口を開けずに笑う。
蔑まれているような笑みだ。
「食べたい時に食べて何が悪いの?君たちだってお腹が空けば他の動物を食べるじゃないか。
ボクはこれでも我慢してる方なんだけどな」
伊織は己の下唇を噛んだ。
そうだ、相手は人に非ず。
道理など通用するはずがない。
目の前にいるのは心を持たない怪物なのだから。


ジャキッ!
重々しい音を立てて、伊織は真に何かを突き付けた。
「おっと」
その正体を見て真は少しひるむ。
銀色の大きなリボルバーが、伊織の手に握られていた。
「…込められているものは分かるわよね?」
銀の弾丸シルバー・ブレッド、だね」
銀の弾丸シルバー・ブレッド
力でも素早さでも人狼に勝てない人間が持てる唯一の有効な武器だ。
聖なる力を持つ銀に貫かれれば、人狼とて無事では済まない。
「殺されたくなければ付いて来なさい」
「嫌だよ。ボクは殺されないし、付いて行かない」
「そう。残念ね」
右手に力を入れ
引き金を引いた。
しかし伊織はその目で信じられないものを目にすることになる。
真はその弾丸を避けるどころか、
指先で掴んで止めていた。
指から摩擦で煙が上がっている。
あり得ない。
これが超人的能力のなせる技なのか。
「悪いけど、君の攻撃じゃボクにはどうやっても傷を付けられないよ」
銀の弾丸シルバー・ブレッドを放り捨てて真が言う。
圧倒的な力の差。
伊織の足はいつの間にか震えを覚えていた。
本物の恐怖だ。
「…だとしても、負けられないのよ!」
再びリボルバーをかざす。
姿を消した女性たち。
その中に伊織の親友がいたのだ。
家庭の事情からか内気で、でも友達思いの優しい娘だった。
彼女を殺したこの怪物に一矢報いなければ、死んでも死にきれない!
今度は躊躇いなく、人差し指に力を込めた。




「待ってえ!!」
高い声が、辺りに響き渡った。
「!!」
その声にはじかれるように、伊織は咄嗟に手首をひねった。
弾丸は微動だにしない真のすぐ横を切り裂いて行った。
「伊織ちゃん、違うの!」
息を切らせて走ってくる声の主は
「…雪歩!?」
伊織の親友である、萩原雪歩だった。
死んだと思っていた親友の登場に伊織はうろたえる。
「あんた無事だったの?」
「うん、平気だよ。痛くもなんともない」
ほほ笑みを返す雪歩。
伊織は安堵のあまり涙が出そうになった。
雪歩は彼女の肩を掴み、こう言った。
「伊織ちゃん、真ちゃんは女の人を食べたりしてないよ。
むしろ、苦しい思いをしていた私たちを助けてくれたの」
「え…?」


雪歩は言葉を紡ぎ、事情を話し始めた。
まず始めに浚われたのは雪歩だった。
その時は真も雪歩を食べるつもりだったらしい。
しかし雪歩の体中の傷を見て、興味を抱きそれについて尋ねた。
雪歩は義理の母から暴力を振るわれていたのだ。
結婚相手の連れ子に愛情を注がず、殴る蹴るは当たり前、時には食事も与えなかった。
その話を聞かされて、真は雪歩を食べずに山奥の自分の屋敷に匿うことを決めたという。
その後浚われた女性は全て人知れず虐待を受けていたり、親がいなかったりする者たちだ。


「だから真ちゃんはいい人なの。人を食べることは事実だけど、もう何ヶ月も食事はしてないって」
雪歩の必死の説明に、伊織は驚愕の顔で真を見た。
真は気まずそうに目を逸らして頭を掻いている。
「ああもう雪歩ったら…屋敷でじっとしてろって言ったのに…」
とか何とかぶつぶつと独り言を漏らしている。
「ま、ばれたらしょうがない。女性たちは皆解放するよ。
君だって人狼に負けておめおめと帰ってきたなんて不名誉なレッテル、貼られたくないでしょ?」
うっと伊織は言葉を詰まらせる。
確かに、下手に真と対峙するよりはこちらの方が得策のような気がする。
しかし、何となく引っかかる言い方だ。
「分かったわ」
雪歩に連れられ奥にある屋敷へと進む。
「あ、一つ約束してくれないか」
二人の背中に投げかけられた、真の声。
振り返ると、真は人差し指を立てて叫んでいた。
「彼女たちの真実を話して、町の人間の理解を得ること。もう二度と悲しい思いをさせてやらないようにね」
「真ちゃん…」
雪歩が涙で目を潤ませている。
辛い現実を過ごしてきた彼女にとって、この言葉はどれだけの救いになるだろう。
伊織は真に見えるように大きく頷いた。
真はそれを見てにこりと笑うと
闇の中にかき消えていった。
伊織は、謎に包まれていた人狼の正体が分かった気がした。
心ない怪物などではなく
血の通った、人間とそう変わらない存在なのだ。
何故今まで気づいてやれなかったのだろう。
そうすればもっと別の生き方があったのではないか。
弾丸は、月に照らされて鈍く光っていた。






昔々、ある山奥に人の姿をした狼がいた。
人々は人を食らう怪物だと噂を立てたが
本当は心優しい人狼であった。
そのことを知る人間は、少ない。