ちはやフォックス 其の参

凄く間が空いてしまいましたが完成しました。
これで1章はひとまず完結になります。
第2章も書く予定ですがその前に百合SS何本か書くと思いますw







その日のうちに僕達は行動に移った。
方法は忍の完全な受け売りなわけだが。
午後4時、僕の仕事が終わった後に準備にとりかかる。
如月は今日はオフのようだ。
忍から聞いたことをメモしたミニノートを広げる。
それを横から覗き込む如月。
「赤裸々木さん」
「お前は俺に何を暴露させようというんだ。しかも語呂悪いし。僕の名前は阿良々木だ」
「失礼、噛みました。阿良々木さん、随分と早く手を打ってきましたね」
こいつ何もなかったことにしやがった。
何というスルースキル。
いいにおいだとか思ったことは無しにしてやろう。
「遅いより早い方がいいだろ。昨日の内に方法が分かったんだ」
「どうせ昨日言っていた怪異に詳しい人に教えてもらったんでしょう?」
その通りだ。
察しのいい奴はありがたいが、同時に少し刺を持つ。
「これで狐がお前の中から出て行ってくれたらいいんだけど」
「その言い方は信用できませんね」
「言っただろ、期待するなって」
「万が一失敗したら阿良々木さんを『一日グラビア水着で事務をする刑』に処します」
「出社1秒で解雇だそんなもん!!」
「安心してください。靴下は履いていいことにしますから」
「安心できる要素ひとつもねえよ!変態の度合いが増すだけだろうか!服を着させろ服を!」
緊張感のない会話である。
「そんな態度だとやってやらねえぞ」
「阿良々木さんは気分で人助けをするんですね。何様のつもりですか」
「う」
無論冗談だったのだが胸に痛い。
正論だとなおさらだ。
「分かったよ。失敗したら怒っていいし、罰ゲームを与えてもいい」
「素直ですね」
「言い出したのは僕だから」
如月を助けたいのは僕の意思。
無理を言って巻き込んだようなものだ。
如月には怒る権利がある。
「ではグラビア水着で」
「対象外だ!!」



まず、音無さんに頼んで休憩室を借りる。
彼女は不思議がっていたがどうせ使わないからと承諾してくれた。
「どうして休憩室なんですか?」
「狐祓いは屋内でするもんなんだけど、中でも畳敷きがいいんだってさ」
忍いわく、管狐は日本古来の怪異なので儀式の場も合わせたほうがいいのだそうだ。
事務所の休憩室は畳張りの四畳半だ。
すっきりとしていて何もなく儀式にはうってつけだ。
電機は付けずに近くの百円均一ショップで買ってきた蝋燭を4本取り出す。
部屋の四隅に置き、火をともす。
くすぶるように揺れる炎。
大きさや太さを確認してから立ち上がる。
次に半畳の範囲を囲むようにカラーテープで印をつける。
1辺が50センチくらいの小さな正方形ができた。
「よし、準備完了」
「簡単なんですね」
「簡易式だからな。やろうと思えばもっと派手にできるけど」
「遠慮しておきます」
だろうな。
「コンタクトは外してくれ」
「はい」
バッグからコンタクトケースを取り出し、外す。
見慣れた琥珀色の瞳が狐の毛色と同じになった。
改めて見ると神秘的な色だ。
こちらまで狐に魅入られそうになる。
「カラーテープの中に座って。正座で」
如月は言われるがままに座った。
こういう立ち振る舞いからしてみても礼儀正しく育てられたのが分かる。
「あの…阿良々木さん」
「ん?」
「狐祓いって、具体的にどうするんですか?」
「んー祓うっていうよりも交渉って言った方が正しいな」
忍に言われた。
狐を追い出すというよりも単に交渉の場を設けるだけの話なのだと。
だから状況が改善するかどうかは本人の腕にかかっている。
当てはまる言葉がないので祓いと名付けたのだろう。
今では言葉の響きから誤解が生まれているようだ。
「じっと祈っているうちに頭に声が響くから、声に出さずに返事をするんだ。そこからは僕は何もできない。
狐が身体から出て行ってくれるかどうかはお前の交渉に左右される」
如月が頷く。
いつも通りの無表情だったが緊張しているのが見て取れた。
当たり前だ。
失敗すれば彼女は一生狐に憑かれたまま生きなければいけなくなるからだ。




しんと静まり返った部屋。
如月は両手を膝の上に置き、ゆっくり目を閉じた。
息苦しい静寂が場を包み込む。
呼吸する音さえ許されないような雰囲気が肌に刺さる。
「っ…!」
目の前の光景に思わず息を呑んだ。
影が。
蝋燭によって大きく壁に映る如月の影が。
横に長くなり尖った耳が生え細い髭が伸び
狐のそれになった。
ゆらめく炎につられ、彼女の影も揺れる。
何だか、この場に無関係な僕を威嚇しているように見えた。
俯き加減だった如月が、一瞬動いた。
狐の声が聞こえたのだろうか。
僕には聞こえない。
耳に痛いほどの静けさしか感じられない。
如月はぎゅっと眉を寄せ重い表情になった。
交渉開始だ。
果たして上手くいくだろうか。
管狐の影響で如月は弟を失い、両親も離婚した。
その脅威に対等に渡り合えるのだろうか。



「順調に進んでいるようじゃの、我が主人」
いつの間にか忍が僕の影から出ていた。
僕は後ろを振り向く。
蝋燭で長くのばされた影。
なるほど、容易に出られるわけだ。
「順調かどうかは分からない。会話が聞こえないからな」
ただ、以前似たようなことをした時――千石という女の子の怪異を退けた時――のような異変はないから、とりあえずは問題はないだろう。
最後の最後まで油断はできない。
あの時だって気を緩めた瞬間に異変が起きたのだから。
すると忍は満足そうに頷いた。
「ふむ。ではわらわは消えるとしようぞ」
「何しに来たんだよ」
「様子を見に来ただけじゃ」
にやっと笑うと、忍はかき消えた。
何なんだ、全く。
「――え」
呟きが聞こえた。
声の方向をみると、如月がその目を開いている。
普段の彼女では考えられない表情をしていた。
言葉にするなら、驚愕――いや、愕然?
四隅の蝋燭が同時に消えた。
辺りが暗闇に包まれる。
管狐が去ったのだ。
壁を探り明りをつけた。
如月はまだ表情が戻っていない。
「おい…どうしたんだ?失敗したのか!?」
駆け寄り思わず肩を揺さぶった。
茫然としたまま如月は口を開く。
「…いえ、狐は私から離れてくれました。苦しめていたならすまなかったと」
「だったら――」
「でも」
顔を上げた。
顔色は明らかに、蒼白だった。
「弟のことは知らない、と言われました。」





=====





結果から言ってしまおう。
管狐は如月の弟の死に関与していなかった。
狐が憑いたのは、彼が亡くなった後だったのだ。
よく考えてみればおかしいところはあった。
如月の弟は何故死んでしまったのかという点。
如月の悪意のせい?
いや、違う。
彼女は少しの悪戯心で行動に出たのであって悪意は含まれていない。
後にどんな事が起こるかなど考えていなかった。
だからこそ
如月のせいで弟が死んだという事実が浮き彫りにされる。
逃げ道を作りたかったようだが、それは叶わなかったということだ。
もしかしたら忍は全て察していたのではないだろうか。
だから思わせぶりな言動を取って僕を試していたのだとすれば。
しかし忍を責めることはできない。
そこまでの考えに至らなかった僕が悪かったのだ。




儀式が終わった後、彼女は僕に頭を下げた。
「阿良々木さん…ありがとうございました」
まだ顔色は良くなかったが笑ってくれた。
如月が去った後、僕は休憩室の後片付けをした。
片付けをせずに出て行ったことからして、相当動揺したのではないだろうか。
彼女がどうこの事実を受け止めるのか。
またそれに対して僕はどう接すればいいのか。
頭の悪い僕には考えもつかない。
だからせめて、結論を出すまでは黙っておこうと思った。
傷口にあれこれ触れられるのはたまったものではない。
傷の痛みは本人にしか分からないから。






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後日談というか、今回のオチ。
翌日、如月は無事に出社してきた。
ショックで休むかと思ったのだが気丈な奴だ。
「おはようございます」
「おはよう。今日はこれからラジオ出演だっけ?」
「はい。その後はレコーディングです」
淡々と話す如月。
何事もなかったかのような態度に、安心と不安が心に溜まる。
「あれ」
僕は気づいた。
如月の手に、小さな花束が握られている。
視線を受けて小さく掲げてくれた。
「…今日は弟の月命日なんです」
「そうか」
確かに束ねられているのはチューリップやユリなど、子どもが好みそうな花ばかりだ。
如月が花束を強く抱きしめる。
「考えてみて気付いたんです。私、自分を責めるばかりで弟のことを省みてなかったんですよ。
一緒にいた時間も忘れそうになっていて」
遠い目をしていた。
肝心なことは弟の死ではなくて
弟と過ごした時間だった。
悔やんでも起こってしまったことは戻らない。
だから事実を受け入れて前を向いて進む。
そういうことか。
「謝りに行きます。許してもらえるかどうかは分かりませんけど」
そう言って笑った。
悲しみでもなく痛みでもなく、決意の笑みだった。
「如月」
振り返った彼女に向かって言ってやる。
「今度一緒に昼飯でも食いに行こう。話、いくらでも聞いてやるから」
「…はい!」
驚いたように固まった後、僕が見たことのないような
とびっきりの笑顔を見せて、駆けて行った。










あとがき
アイマス×化物語、一応一区切りがつきました。
このサイト見てる中に両方知っている人は恐らくいないんじゃないでしょうか。
まさに俺得小説ですね。
ちなみに今回出てきた管狐は実際に伝承がある妖怪(怪異)です。
特徴も割とそのままです。
狐払いの場面は私の完全なる捏造ですが。
事実と妄想がごちゃ混ぜになってるので半信半疑で読んでください。
これからも妖怪は事実に基づいて取り上げて行こうと思っています。
では、第2章の構想に取りかかりましょう!