ちはやフォックス 其ノ壹

随分と間を空けてしまいました;
課題が多かったりちょっと凹んでたりしました。
さて、超突然ですがアイマス×化物語を連載することにしました。
化物語を読んでいてインスピレーションを受けました。
さすがに全員分は無理ですが3人くらいを予定しています。
「まーた管理人思いつきで書き始めたよ」みたいに大目に見てくれると助かります。
一人目は千早からですよ〜。


※オリジナル要素が含まれている上、傷物語偽物語のネタバレを含みます。 
読破している人やネタバレを気にしない方はどうぞ。











怪異に一度憑かれるとその後も怪異に遭いやすくなるということは、僕もそれなりに分かっていたことだった。
実際、高校二年から三年にかけてのあの地獄のような春休みの後、僕の周りには仕組まれているかのように次から次へと怪異に憑かれた人々が現れた。
その影響で僕は普通の人間ではできないような体験を数多くすることができた。
かと言って怪異自体に感謝する気になど全くもってならないが。
話が逸れてしまったがまあとにかく、その特性については自覚していた――つもりだった。
実際には忘れ去っていた。
僕がどこかで暮らしている限り、それはいつまでも背後に付き纏うものなのだと。
それを思い出したのはあのアイドル事務所に通うようになってからだ。
その時の話をしようと思う。
思い出させてくれた少女、如月千早の怪異と共に。




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戦場ヶ原がやすやすと推薦合格した大学に僕は何とか受かった。
受かったというより引っかかったという方が正しい。
高校受験の時のような奇跡だ。
6月から死ぬ気で勉強してきた甲斐があった。
戦場ヶ原も羽川もまるで我がことのように喜んでくれた。
二人のおかげだよと言うと顔を見合せて笑っていた。
都心近くの大学だったので家を出て一人暮らしをすることになった。
妹達には一人暮らしなんてずるいだの自分たちも早く大人になりたいだのあれこれ言われた。
心配しなくてもお前たちも大人になる。
求人チラシなどを見ていると春前という時期も相まってバイトは選べそうだった。
色々と考えた結果、都心近くの芸能事務所の事務員職に決めた。
大学寮から電車で20分の範囲だし、何より時給がいい。


2週間後の昼、僕はその芸能事務所のビルの前にいた。
履歴書を送って面接を受けるとあっさりと採用通知が来た。
ここまでとんとん拍子だと逆に不安になる。
ビルは可もなく不可もなくという印象だ。
雑居ビルではないが高層ビルというわけでもない。
これくらいが丁度いい。
敷居が高いとやりにくいからな。
偉そうなことを思いながら自動ドアをくぐった。
「こんにちはー」
「あら、いらっしゃい」
迎えてくれたのは20代半ばくらいの女性。
うわっ…
綺麗という形容詞ですら表現できないこの感覚をどうしたらいいだろう。
肩に触れない程度のストレートのショートカットに大きな瞳。
くびれたウエストにむっちり気味の太ももがたまらない。
男で目線がいかない奴はいない。
胸に付けているネームプレートには「事務員 音無」と書かれている。
え、事務員?
てっきり所属アイドルかと。
彼女が事務員ならこの事務所どんだけレベル高いんだ。
「あなたが新しい事務員さんね?私は音無小鳥、同じ事務員よ。よろしくね」
「あ、よろしくお願いします。阿良々木暦です」
「阿良々木くんね。最初は難しいかもしれないけど、手取り足取り教えてあげるから心配しないでね」
「はい。よろしくお願いします」
「ふふっ二回言わなくてもいいわよ」
ああ優しい人だ。
美人に優しくされると幸せな気分になる。
「ああ後、うちの事務所個性強いアイドルばっかりだから、びっくりしないでね?」
「はい?」
「見てれば分かると思うわ」
うしろでガチャリと音がした。
絶妙なタイミングでドアが開く。
「おっはようございま〜す」
「おはようございます」
二人の少女が入ってきた。
ストレートのボブカットの女の子と頭のリボンが特徴的な女の子。
ボブカットの子が僕を見た途端
「は、春香ちゃん、知らない男の人がいるよぅ」
春香と呼ばれた子の陰に隠れた。
何もしてないんだけど…。
「もうしっかりしなよ雪歩。…でも確かに貴方誰なんですか?」
「新しいバイトの阿良々木暦くんよ」
「ああ、あの噂の!」
噂にされているのか。
「事務所に初めての男性事務員が来るってことは聞いてたんですけど、今日だったんですね」
「え?ってことは事務員は全員女性なんですか?」
僕は思わず振り返った。
音無さんは事も無げに頷く。
「そうよ。アイドルもみんな女の子だから、男の人は社長と数人のプロデューサーと、阿良々木くんだけね」
…まずいことになった。
普通の芸能事務所だと思ったからここに決めたのに。
所属者が全員女子アイドルとは、嬉しくないハーレムだ。
以前の戦場ヶ原ならこのフロア一帯を血の海にしかねないだろう。
いや、今の彼女でもいい顔はしないか。
「阿良々木くんどうかした?」
「え、ああ、いや」
音無さんの声で我に返る。
返事はしたが目に見えてうろたえてたと思う。
「そうそう、紹介しなきゃね。こちら天海春香ちゃんと萩原雪歩ちゃん」
天海春香ですっ。よろしくお願いしまーす。趣味はカラオケとお菓子作りです!」
リボン娘、天海が元気よく挨拶をする。
「は、萩原雪歩ですぅ。す、すいません、私男の人って苦手で…」
萩原は相変わらず天海の陰に隠れている。
なるほど、避けられるわけだ。
女の子に避けられるのは男としてあまり気分のいいものではないのだが仕方ない。
「阿良々木です。今日からバイトとしてお世話になります」
「いえいえこちらこそ。阿良々木さん」
早速天海に名前を呼ばれた。
珍しい苗字だから気に入ったのだろうか。
「じゃあ小鳥さん、私今からレッスンなんで行ってきますね」
言うや否やドアに向かって走り出す天海。
「あ、春香ちゃん急に走り出すと――」
「え、え?うわああああ!!」
どんがらがっしゃーん。
今時漫画でも見ない盛大な音を立てて、天海の体はダンボールの山に倒れ落ちた。
ここまでくると見事だ。
僕が真似しようとしてもできるかどうか。
それにしてもこの子今何もないところで転んだよな?
「春香ちゃんはちょっとドジなの。一日一回は平坦な場所で転んじゃうのよ」
音無さんが苦笑いで説明してくれる。
その頻度で転ぶことを(しかも障害物のないところで)ちょっとという加減で表していいのだろうか。
「ま、皆こんな感じだから理解してね」
「あ、はい」
確かに驚きはしたが、僕の周りにはもっと強烈な個性を持った人たちがいる。
ともあれ、バイトなのだから、慣れなければいけない。
こうして僕の週4回のアルバイト生活は幕を開けた。





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事務職は思った以上に過酷だということを初日にして思い知らされた。
音無さんが懇切丁寧に教えてくれなければ僕の頭は1時間でショートしていただろう。
アイドルのスケジュール管理、マスコミ対応、ギャラの交渉。
普段は目を向けることがないだろう裏方の仕事が、実は一番重要なのだ。
そんな当たり前のことを見落としていた。


午後4時になってようやく僕は事務机から解放された。
長時間座り続けていたせいで臀部の感覚がない。
今度座布団を持ってくることにしよう。
後ろからかたんと音がした。
…あれ。
振り返ってみると、一人の女の子がいた。
女性としては背の高い方だろう。
少し切れ長の目にストレートのロングヘアーが似合っている。
さっきから人の気配がしていると思ったら、この子だったのか。
墨に置いてあるコーヒーメーカーにカップをセットしている。
あ、思い出した。
さっき音無さんに見せてもらった資料の中に、この子のもあった。
首に汗が滲んでいるところからして恐らくレッスンをしてきたと思われる。
「…あの」
意を決して声をかけてみる。
彼女はさりげなく、自然な動作で振り返った。
「何か?」
正面から見ると更にはっとするような美しさを纏っている。
以前の戦場ヶ原の雰囲気によく似ている。
尤も、戦場ヶ原ほどの殺気は帯びていない。
如月千早さんですよね?僕、今日からバイトとして働くことになった阿良々木です」
「ああ、あの噂の。あなたなんですね」
どれだけ噂されてたんだろう。
やりにくいなあ。
変な尾ひれとかついてないといいけど。
「色々至らないところもあると思いますけど、よろしくお願いします」
「こちらこそ。あの、私年下ですし、敬語使わなくていいですよ。名前も呼び捨てで構いません」
「そうで…そうかな?」
「はい。うちはアイドルも事務員も対等の立場でというのがモットーですから」
そういえば音無さんがそんなことを言っていた気がする。
まあその方が肩の力が抜けていいかもしれない。
「じゃあよろしく。如月」
「はい」
答えて、朗らかに笑った。
棚の上のガラスの置物が揺れた気がした。
咄嗟に身構えたが、その後変化なし。
気のせいか。
「では私、着替えて帰ります」
「うん」
と、
置物がもう一度大きく揺れた。
揺れて――落ちた。
運悪く、如月の頭上に。
「如月っ!」
「きゃっ!?」
反射的に突き飛ばした。
思いの他軽い彼女の体は一瞬宙を舞った。
そして僕は、避ける暇もなくガラス細工に襲われた。
甲高い音が鳴り響く。
すんでのところでかわしたものの、細かな破片が切り刻む。
文字通りの鋭い痛みが走った。
――しまった!
僕がそう危惧したのは、怪我そのものではなく
むしろその後。
「あ…阿良々木さん!」
我に返ったらしい如月が駆け寄ってくる。
来るな。
叫びそうになって、喉の奥へ押しやる。
何てことを考えてるんだ、僕は。
「大丈夫ですか!?すぐ病院に」
「その必要は、多分ない」
僕の言葉とほぼ同時に
「…え?」
如月の目が驚愕に見開かれる。
彼女の目の前で、全ての傷が何事もなかったかのように消えていった。
消しゴムで消したように。
修正液で塗りつぶしたように。
無くなった。


見られてしまった。
僕が人間ではないという証拠を・・・・・・・・・・・・・・
僕は人間に限りなく近い、別の存在。
強いて言うなら吸血鬼。
およそ一年前の春休みに、美しい吸血鬼に襲われた。
どうにか日常生活に支障が出ないまでに回復はしたが、襲われた後遺症が残った。
だから
僕は普通の人間よりも傷の治りが異様に早い。


「これって…」
如月が数拍押し黙る。
「あのっ阿良々木さん」
ああ、気味悪がられるだろうな。
如月は口が堅そうだから事務所の他の人には言わないかもしれないけど。
でももうこの子には近寄れないし話せないだろうな。
そう思った。
だが
「あなたも…あなたも怪異に憑かれているんですか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・
僕は耳を疑った。
何故だ?
何故彼女が怪異の存在を知っている?
「少し、話をさせてください。させてくれるだけでいいんです」
「あ、ああ…」
よくわからないまま頷いてしまった。
如月は俯いて何やら目のあたりをいじっている。
僕は間の抜けた顔で待っていた。
どうしたらいいかわからなかった。
顔をあげた瞬間
「!」
明らかな変化があった。
瞳の色が、変わっている。
さっきまでは何の変哲もない琥珀色をしていた。
今の色は
金色、黄色、オレンジ――どれも違う。
言うなれば


きつね色。


そしてこれが
僕が765プロで出遭う、初めての怪異になった。










続く