翔べない鳥

ACM(特に千早かな)が主役です。
シリアス成分多めにしてみました。



7/10追記
お待たせしてすみません。
全て書き切ることができましたので、続きからどうぞ。









あずさ・真・千早のトリオユニットは、今や765プロの期待の星だ。
765プロ指折りの歌唱力の3人を合わせたこのユニットはわずか半年でCランクに躍り出た。
このままいけばランクAも夢ではない。
3人はそんな期待に胸を躍らせつつ、力を合わせてレッスンやオーディションに励んでいた。
そんな、ある日のことだった。





「おはようございま〜す」
真が元気よく事務所のドアを開けた。
今日は1日中みっちりレッスンをする予定だ。
なのでテンションを上げないとバテてしまう。
すでにあずさと千早は到着していて、あずさは本を読み、千早はウォークマンで音楽(おそらくクラシックだろうが)を聞いていた。
2人とも真に気づくと一緒に顔を上げる。
「おはよう、真ちゃん」
「真おはよう」
「うん。今日も頑張ろうね2人ともっ」
グッと拳を作ってみせると、2人の顔が綻ぶ。
真はこのユニットの盛り上げ役的存在なのだ。
おっとりしたあずさと生真面目な千早は時として噛み合わない場合があり、そんなときは真が上手く間に入ってクッションの役割を果たす。
しかし今となっては最早自分がいなくても2人はやっていける、と真は思っている。
ふと真はあることに気づいた。
「ねえ千早…声ちょっとかすれてない?」
「え?」
その言葉にあずさが頷く。
「そうなの。私も気づいて言ったのだけど〜…」
「大丈夫です、2人とも。これくらいならすぐに治ると思うから」
あずさがほらね、というような視線を真に投げかけてきた。
千早は真面目なのはいいが少し厳しすぎる部分がある。
ともすれば暴走しそうな彼女のブレーキ役になるのが、真とあずさだ。
今回も酷くなる前に止めさせなければ。
「そっか。なら信じるよ。あ、でも酷くなりそうだったら早めにレッスンは切り上げた方がいいよ」
「ふふ、ありがとう真」
「無理はダメよ、千早ちゃん」
「はいあずささん」
かすれているとは言っても注意して聞かなければ分からない程度のものだ。
あずさと真もそれほど深刻にはならないと思っているのだろう。
その判断が、後々裏目に出ることとなった。




「よ〜し、今日のレッスンはこれで終わりだ。お疲れ様」
フロアにプロデューサーの声が響いた。
窓の外はすっかり暗くなっている。
時計を見てみると午後7時を回っていた。
「ふ〜キツかった〜」
真が床に座り込む。
千早も膝に手をついて息を荒げている。
「でもこれでかなりコツを掴んだわ」
「うふふ、次のオーディションも勝てるかしら〜?」
あずさは他の二人のように疲れた様子は見せないものの、首や額には汗が光っていた。
「疲れただろうから、明日はオフにしよう。各自ゆっくり体を休めること」
「え、本当ですか!?やーりぃ!」
いち早く反応したのは真。
このところ激務続きだったから久々のオフが嬉しくて堪らないのだろう。
正反対に少し不満げな顔をしているのは千早だ。
「あの、プロデューサー」
「ねえ千早ちゃん」
彼女の声を遮ったのはあずさのそれだった。
「頑張ることはいいことだけど、度が過ぎると怪我やストレスにも繋がるのよ。プロデューサーさんがせっかく下さったお休みなんだから、甘えなきゃ」
「でも…」
「ダーメ。千早ちゃん、あなたも明日はレッスンはしない。約束よ」
そう言ってあずさが小指を出してきた。
千早に指きりさせたいのだろう。
千早は苦笑しつつ、自分の小指を絡ませた。
確かに彼女の言う通りかもしれないと思ったから。
「よし、各自クールダウンしてから着替えてな。じゃあ解散!」




翌朝、千早はまだ日が低いうちに目を覚ました。
時計を見てみると6時を指している。
仕事のある日のように目覚めてしまったようだ。
ゆっくり体を起こしカーテンを開けて朝日を浴びる。
歌を口ずさみたい気分だ。
今から寝るのも時間がもったいない気がする。
あずさはレッスンをするなと言ったが、歌うくらいなら大丈夫だろう。
口を開き、息を吸い込む。
しかし
千早はその事実に驚愕し、目を見開いた。
顔にじわじわと絶望が滲みだす。



声が……出ない――…!





荒々しくドアが開き、息を切らした真が憂いの表情で顔を出した。
「プロデューサー!千早は…千早はどうなったんですか!?」
「真、落ち着いて」
同じく事務所に来ていた春香に腕を掴んで制止される。
その顔にも焦燥と混乱が浮かんでいた。
千早の親友である彼女も千早の身を案じているのだろう。
あまりに歯がゆくて下唇を噛む。
「真…」
「プロデューサーさん」
真に近寄るプロデューサーの前に、あずさが立った。
「千早ちゃんの容体は、どうなっていますか?」
いつもの彼女と違う真剣な眼差しに少々戸惑いながらも、プロデューサーは頷いた。
「ああ、医師の診断によるとストレスや不安からくる精神的なものらしいんだ。通常は声を出さずに安静にしていれば1週間ほどで回復するらしい。ただ…」
「…ただ?」
真が先を促すと、プロデューサーが顎に手を置く。
考えるときの癖だ。
「千早自身、声を出せないことが酷くショックみたいでな。治ると言ったんだが、塞ぎこんで話ができない状況なんだ」
あずさの形のいい眉が細められた。
真と春香も視線を交わす。
千早はいつか「歌は私にとって命なんです」と言っていた。
真やあずさと共に過ごして、その考えは薄れているがそれでも千早の声は唯一無二だという事実は変わらない。
「今日の午後に事務所に顔を出すことになってる。その時に色々話してくるといい」
「「はい」」




午後2時ごろ、プロデューサーが言ったとおり千早が事務所に来た。
「千早、大丈夫?」
千早は一瞬口を開こうとしたが、鞄からメモ帳とシャープペンを取り出して描き出した。
『ええ、どこも痛いところはないし心配しないで』
差し出された紙面には綺麗な文字でそう書かれていた。
「そっか。ちょっと安心した」
真が笑うと千早も小さく笑った。
しかし表情は沈んでいる。
千早はまたペンを走らせた。
『でも、私が声を出せないとオーディションにも出られないんじゃないの?』
真の目が一瞬伏せられた。
どうやら予感的中のようだ。
「うん…ユニットメンバーが欠けた状態だと仕事ができないから、千早が回復するまでは活動休止だって」
予想していても、言葉にされると途端に罪悪感が圧し掛かってきた。
それを察したのか、あずさが優しく声をかける。
「いいのよ千早ちゃん。きっと千早ちゃんの体と心が、休んでって言ってるのよ。ゆっくりゆっくり、治せばいいわ」
ふわりとした微笑みに、心の中にじわりと安堵が広がってゆく。
あずさのファンが彼女を女神だと称する理由が分かった気がした。
ペンを取り、サラリと文字を書く。
『はい、ありがとうございます』
真とあずさが顔を合わせて笑う。
千早にはその意味が分からなかったが、何となくこそばゆい気持ちになった。
しかし、不安と焦りは千早の胸から消えることはなかった。



活動中止の間は声を出す必要がないダンスレッスンや表現力レッスンを中心に鍛えることになった。
声を出さなくても首や手を動かすことでそれなりに会話はできるのだと実感する。




レッスンが終わり、あずさと更衣室で普段着に着替える。
千早はフロントで少しゆっくりしてくるといって別れた。
「千早…大丈夫でしょうか」
ジャージを脱ぎながら呟くようにあずさに言った。
脱いだ拍子に乱れた髪を少し整える。
あずさも目を伏せた。
「そうね。気丈にふるまってはいるけれど、内心不安でたまらないと思うわ」
千早は強い。
だがその強さはほとんどが虚勢を張っているだけなのだ。
彼女の過去からなのだろうか、強くならなければ自分の手からすり抜けていくと思っている。
彼女にとっての、とても大切なものが。
「だから、私たちが支えてあげないと」
ね?と真に同意を求める。
真は真剣な表情で頷いた。
そうだ、こういうときこそしっかりしないと。
千早がまたあの綺麗な声で歌えるようになるまで。







真はあずさより早く着替えを終えた。
千早に合流するためと飲み物を買うためにフロントに向かった。
歌詞レッスンフロアを横切る時、思わず足を止めた。
…電気が付いている?
単に誰かが練習しているだけかもしれない。
単に誰かが消し忘れただけかもしれない。
だが真の胸には嫌な予感がよぎった。
それが自分の思い過ごしだと確かめたい。
扉を音を立てずにそっと開く。


千早が、立っていた。
いつものように姿勢よく、しかし顔は少し俯かせている。
やがて顔を上げ、口を立てに開き
息を吸い込んで―――


「千早っ!!」
叫ばずにはいられなかった。
千早はビクッと驚いてこちらを見た。
おびえているように見える。
自分はそんなに怖い顔をしているのだろうか。
「プロデューサーが声を出しちゃダメだって言ってただろ!?今無理に声を出したら悪化するって!」
思わず肩を掴んでしまう。
細い千早には少し痛いかもしれないが、手加減ができない。
千早はばつが悪そうに視線をそらした。
そこに真の声を聞いて駆けつけたのか、あずさが顔を出した。
「真ちゃん、何かあったの?」
「実は…千早が…」
それだけであずさは察したらしい。
下を向いている千早に目をやる。
「千早ちゃん…どうして?」
千早がおもむろにポケットに手をやり、ペンとメモ帳を出した。
紡がれていく文字を息を殺して追う。
『歌えないと不安なの。二人の足を引っ張ってしまうし』
予想していた、でも聞きたくはなかった答え。
「そんなことないよ。ボクらは迷惑なんてしてないし、千早にはもっと大切なものがある」
真が慰めるように言う。
千早の顔が更に陰った気がした。
『違うの、違う』
千早のペンを持つ手が震えている。
むしろ身体全体が小刻みにカタカタと音を立てている。
『歌えないと、私が私でいる存在価値がないの。歌えないと意味がないの!!』
最後の方は千早とは思えない殴り書きだった。
これが彼女の精一杯の叫びなのだ。
今の千早を彼女の持ち歌である『青い鳥』にかけると、さしずめ『翔べない鳥』だろうか。
『歌=自分』と頑なに信じる少女の姿はあまりにも弱弱しかった。


「千早ちゃん」
あずさの手が千早の右手をふわりと包んだ。
冷たいこの手が千早の心そのものなのかもしれないとあずさは思った。
「確かに、千早ちゃんにとって歌はとても大切なものね」
千早は戸惑いながらも頷く。
「今の千早ちゃんは…私には、歌という翼をもがれてしまった鳥に見えるの」
この言葉には真が驚いた。
あずさも自分と同じことを思っていたのだ、と。
きゅっと手に力が入ったのが分かった。
あずさが顔を上げるとふわりとした笑顔が広がる。
まるで、千早を安心させるかのように。
「でもね、翼は一つだけじゃないと思うの。おこがましいことかもしれないけど、私たちがあなたの翼になってもいいかしら…?」
千早の目が見開かれた。
驚いたようにも、感動したようにも見える。
真も千早の空いている左手を握る。
「千早、ボクたちじゃ頼りないかもしれないけど…今だけ、キミの声になりたいんだ」
千早の視界が、急にぼやけた。
そうだ、独りで悩む必要なんてない。
翼になりたいと、声になりたいと言ってくれる人たちがいる。
2人が私を支えてくれる、助けてくれる。
2人が、私を空へと翔ばしてくれる…。
熱い雫が零れ落ちるのを止められずに、千早は声を上げずに泣いた。
右手にあずさの、左手に真のぬくもりを感じながら。








数日後、医師から声を出してもいいとの許可が下りた。
あずさと真は千早から呼び出されていた。
第一声を出す時は、2人に聞いてもらいたいのだと。
千早の座っているソファの向かいに立つ。
波打つ鼓動を落ち着かせて軽く息を吸う。
期待はしていて、でも少し怖くて。
空気を喉から押し出すようにして…
「あ、ずさ…さん。まこ…と…」
「「…!」」
真はすぐに笑顔をきらめかせ、あずさは感動したのか口元を押さえた。
久し振りの感覚で何だかこそばゆかった。
次の言葉はもう決まっている。


「…ありがとう」










我ながらありきたりな話なんじゃないかな、と思います。
どこかのサイトさんとネタ被りしてないかな〜とヒヤヒヤですよ。
テストとかもあって間は開きましたが書き切れて良かったです。
後書き(というか言い訳)はまた後日付け足しますね