貴女と私の歌声を

百合m@s108式に出したもう一つの作品です。
あずちはのちょっとシリアス気味な話。








「「宜しくお願いします!」」
2人分の声がスタジオに響く。
それに応えるように、あちこちから返事が聞こえてくる。
今日は新曲のレコーディングの日。
「ふふ、頑張りましょうね千早ちゃん」
あずさはそう言ってきゅっとこぶしを握る。
彼女は普段おっとりしている分、こういう時には凄く張り切るのだ。
千早も笑顔で返す。
「そうですね、あずささん」
千早はレコーディングの時、いつも思い出す。
あずさの歌を初めて聞いた時の衝撃を。




あずさの第一印象は、「頼りない人」だった。
何せ顔合わせの時に道に迷って遅刻してきたのだ。
これで不安にならない方がおかしい。
よろしくねと言われても千早は曖昧な笑みしか返せなかった。
だが彼女が歌った瞬間、
千早のあずさに対する全てが覆った。
圧倒的な歌唱力。
柔らかく母性を含んだ声色。
自分では到底表現できない棘のない表現。
この人には勝てないかもしれない、とお世辞でなく思った。
それから千早はすっかりあずさに懐いた。
アイドル活動だけでなく、プライベートでも買い物やショッピングに行くような仲だ。
実を言うと、それ以上のことも、だ。


レコーディングは上手く行った。
細かな修正は入ったものの大きなアクシデントもなく、比較的早めに終わった。
これからはカップリングに入れる其々のソロの録音だ。
収録はあずさから。
「じゃあ待っててね」
「はい」
千早は10分後に別ルームで収録する。
それまで廊下であずさの録音を聞いておくことにした。


スタジオの壁は防音だが、よりかかっていると少しだけ音が聞こえてくる。
曲はあずさらしいゆったりとしたテンポのもの。
そういう曲はあまり得意ではない千早は、少し羨ましく思えた。
この10分間、千早の心は安らいでいた。




それぞれの収録も終わり、事務所に戻った後も
「あの、あずささん、ここの解釈ってこれでいいんですか?」
「ん〜?どれ?」
2人はレコーディングの反省会をした。
主に千早が持ちかけるのだが、確かにこれをした後はTVで披露する時上手くなっている気がする。


「あずささんと千早ちゃん、本当に仲いいですよねえ。人気もあるし羨ましいですよ〜」
その様子を遠めに見ていた春香がポツリと呟く。
向かいに座っている彼女のプロデューサーが顔を上げた。
「まあ、確かにな」
「…?」
春香は彼の様子が気になった。
言葉に反して、苦虫を気づかれないように噛み潰したような顔をしている。
彼はあの2人の担当プロデューサーも兼任している。
何か不安要素があるのだろうか。
「あの2人、意外な欠点というか、弱点があるんだ」
「弱点?」
春香は首を捻った。
「そんなのあるんですか?私からしたら歌唱力も抜群で個性もあって、非の打ち所なんてないように見えますけど」
「それだよ」
プロデューサーはぴっと指を立てた。
だが春香はそんなことを言われてもやはり分からない。
『非の打ち所がない』ところが『弱点』?
頭に?マークを浮かべた春香をよそに、プロデューサーはどこか遠い目をしていた。



実はプロデューサーの言うことは当たらずしも遠くなかった。
千早はここ最近、あずさと歌うとき楽しさとは違う感覚を抱いていた。
不安とも焦りとも違う感覚。
あずさの魅力を潰してしまっているのではないかということ。
彼女は千早にないものをたくさん持っている。
それを自分が妨げているのではないかという疑問を持っていた。
さらに怖かったのは、あずさが自分から離れて遠いところに行ってしまう可能性。
あずさは充分に完成された存在だ。
だから自分がいなくても人気は落ちないだろうし、そちらの方が気が楽だろう。
その道を選択されたら、千早はどうなるのか。
きっとあずさに泣いて縋ってしまう。
行かないで、と。
あずさといる安らぎや温もりが無くなるのが、怖くて怖くて仕方がない。



そしてそれがレッスンにまで支障をきたすようになってしまった。
ある日のセルフレッスン時
「千早ちゃん、大丈夫?」
あずさの声が空間を割った。
2人の歌が上手くいかない。
普段ならしないようなミスを連発した。
間違いなく自分のせいだ、と千早は自身を責めた。
「すいません…」
「謝らなくていいのよ。でも千早ちゃん調子が悪いわね…。体調崩してたりとかしない?」
「あ、いえそういうのは」
と言いかけて、口をつぐんだ。
この際、言ってしまおうか。
「…考え事をしてただけなんです」
「考え事?」
「あずささんがいつか、私を必要としなくなるんじゃないかって」
あずさの頬が強張った。
その仕草のひとつひとつが目に焼きつけられる。
飲み込んだ唾が、苦い。
「あずささんと歌うのは凄く楽しいです。でも貴女は完璧だから…私がいなくても、ソロで活動していける力があるから。
いつか離れ離れになるんじゃないかって考えると、怖いんです」
一息にそこまで言って、また俯いてしまう。
吸う息まで苦く感じる。
「千早ちゃん」
そっと、語りかけるようにあずさが口を開いた。
「それはね、私も同じ」
え、と千早が声を漏らした。
頭がぼうっとしていて良く分からない。
「千早ちゃんだって私にはないものをたくさん持ってるでしょう?
デュオに決まるまでソロ活動を希望してたみたいだし、もしも千早ちゃんが一人でやりたいって言い出したらって思うと…」
透きとおる歌声も、凛々しさも。
あずさは持っていないものだ。
それが羨ましい。
苦笑するように顔を歪めた。
「びっくりしただけなの。千早ちゃんが私と同じ思いだったなんて」
「あずささん…」
千早の頭はようやく平静を取り戻しつつあった。
あずさの服の袖を掴む。
どんな顔をしていいか分からない。
「違うんです。ソロがいいと言っていたのは、あずささんに会ってなかったからです。私ひとりでやっていけると思っていたから」
ようやく顔を上げる。
ルビーの色をした目が見つめてきた。
「でも、今は違います。一緒にいて、人と歌う素晴らしさが分かりました。
あずささんと歌いたいです。貴女がいいんです」
こんなことを言うのは初めてだ。
でも恥ずかしくなんかない。
この人といたいから。
歌って、笑って、寄り添っていたいから。
あずさの顔に驚きが浮かんだ。
それから目に涙を滲ませて、それをごまかすように笑った。
「ありがとう、千早ちゃん。そうね、ずっとずっと、一緒にいましょう」
千早も鼻の奥がツンとするのを感じた。




『言葉だけでは言えない熱い気持ちを
少しだけでも伝えられたならば 幸せ』
TVから聞こえてくる「i」の歌詞。
「凄いじゃないですかっ!前よりも上手くなってますよ!」
春香がTVに食いついて興奮気味にプロデューサーに言う。
プロデューサーも満足げに頷く。
あずさと千早が出ている歌番組のオンエアチェックだ。
「どうやら弱点の心配は杞憂だったみたいだなあ」
やられた、と言いたげに頭を掻くプロデューサー。
春香が思い出したように彼を見た。
「そういえば、弱点って前も言ってましたよね。それって何なんですか?」
「ああ、あの2人、一見完璧だけど、歌い方も性格も真逆だろ?いつかその個性がぶつかり合ってすれ違いが生まれるんじゃないかって思ってたんだ」
「あ、なるほど」
春香は思わず頷いた。
彼はこういうところで敏腕プロデューサーの片鱗を見せる。
「それに2人は仲良すぎて遠慮するところがあるだろ。だからヒヤヒヤしてたんだけどな。取り越し苦労だった」
と嬉しそうに笑った。
それを見て春香もホッとする。
「あ、そういえば本人たちはどこですか?」
「別室で今日の新曲披露の反省会やってると思うけど」




「あらら」
音無小鳥はその光景を見て笑った。
曲披露した後に彼女たちが反省会をしているのは知っていたけど。
まさか眠っていたとは。
二人掛けのソファに腰かけて
千早はあずさの肩にもたれかかり、あずさは千早の頭に自分のそれを預けている。
可愛らしい寝息を立てているところを見ると熟睡しているらしい。
「(掃除しようと思ったんだけど…起こしちゃ悪いわね)」
棚から取り出した毛布を2人にかける。
2人の膝の上を見て微笑んでしまった。
絶対に離れないと言うように、しっかりと指を絡められた腕を。












使用お題
24)指
26)P
55)嬉し泣き
65)苦い



今回はスイスイと話ができたので安心しました。
あずちはのシリアスは一度書いてみたかったんですよね。
私がシリアス書くとどうしてもテンポが似たり寄ったりになってしまいがちです;くっ!
あと小鳥さんを綺麗に書いてあげたかったっていうのもあります。
同人とかではネタ的な扱いをされることが多い人なので。
でも話考えてたら最後にちょこっと出てきただけになってしまいました。
こんな拙い作品ですが、企画に少しでも貢献できたら嬉しいです。